50歳のヒロインを描く、新作『ゆりあ先生の赤い糸』が早くも話題沸騰中、そして前作『たそがれたかこ』が「このマンガがすごい!2018」第4位にランクインした作家・入江喜和さん。主人公の1年間を10巻にわたり丁寧に描いた『たそがれたかこ』は、生きることに希望を見い出せない40代のバツイチ&シングルマザーがヒロイン、そして『ゆりあ先生の赤い糸』の主人公は男まさりな50歳主婦。じっくりと骨太に描かれた世界観にハマる、熱狂的読者が急増している入江先生に、異色のヒロイン像について伺ってきました。そこには、ミモレ読者が豊かに生きるためのヒントと気づきがあふれています。

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入江喜和 漫画家。1989年に「週刊モーニング」(講談社)にて『杯気分!肴姫』でデビュー。代表作に『のんちゃんのり弁』『昭和の男』『おかめ日和』『たそがれたかこ』など。現在、「BE・LOVE」(講談社)にて『ゆりあ先生の赤い糸』を連載中、待望の1巻が発売されたばかり! 夫は漫画家の新井英樹さん。

 

純愛を描いても、色々複雑な
家庭事情が絡んでくる40代


40代の冴えない主人公・たかこの日常と再生を描いた『たそがれたかこ』は、物語の中盤からハマる読者がジワジワと増え始め、マンガ情報誌はもちろん、様々な女子誌でも紹介される機会が増えていきました。“初対面”では、魅力的とは言い難い女性が主人公だという設定に、衝撃を受けた読者も連載当初は多かったのです。

「私、物語の出だしで主人公をとりまく(つらい)環境や生活を描きこんでおきたい性分なんです。私としても説明的になってしまうこの部分を早く終わらせて展開させていきたいのですが……、読者の方にもちょっと辛抱して付き合っていただく時間です。でも、背景をしっかり決めて描きこんでおきたい。どういう生活をしているのか、どういう人なのかを嫌っていうほど、読者の方に理解しておいてほしい。でないと、途中から主人公が大激変しても、ぜんぜん面白くないと思うんです。1巻、2巻、3巻は地味めな展開ですが辛抱して読んでいただけたら……と。でも最初から売れないといけないのがコミックですからね、あんまり売れゆきがかんばしくなくて、担当だったRさんの苦渋の表情も今ではよい思い出です(笑)。でも、そこを抜ければ、あとは登場人物たちがイキイキと勝手に動いていってくれるので、私も描いていて驚きがあって楽しいです。例えば、たかこがバンドの追っかけになるまでは最初の設定内なんですが、彼女自身がギターを買ってバンドを始めたのは、私自身もびっくり」

主人公、たかこ像はどのように生まれたのでしょう。

 

「前作『おかめ日和』が終わって次回作は、生きる目的を失っているというか、どうやって年を取っていくのかを模索しているような……、さみしい感じの女性を描くということだけ決めていました」という入江さんは当時、たかこと同じ40代。その言葉どおり、主人公・たかこは、更年期にさしかかり、むなしさから眠れない日々を送ることも。

「同世代の友人たちに会う機会があったのですが、介護、子育て、離婚など、それぞれに複雑な家庭の事情を抱えながら、韓流のコンサートで元気を復活させたりしている、そんな様子にも物語のヒントをもらいました」

たかこは、人生になんの輝きも感じられなくなっていたとき、偶然ラジオでたまたま耳にしたバンド「ナスティインコ」のボーカル・谷在家光一の歌声に恋をします。さらに近所のバー店主で、モテ中年の美馬さんとの出会いで、人生に少しずつ淡い色を取り戻していくのです。号泣必至の最終10巻と1巻のたかこを見比べると、顔つきから服装からすべてがまるで別人のよう!

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見てください! この表紙、この吹っ切れた表情。まさに、「たそがれという言葉も人生の下り坂的なイメージで中高年や更年期を指すべくつけたタイトルでしたが、最後まで描いた今、オレンジの光が煌々と指すようなヤケクソに明るいイメージになってきました」(10巻あとがきに代わる「親愛なるあなたさまへ」より)

「好きなバンドの追っかけだけでなく、身近に好きな子ができたりとか、不登校や拒食症といった問題を抱えていた娘のことで格闘したりとか……そういうことも重なってここまで変われたのだと思いますね」と入江さん。
そう、40代のたかこは片想いをするのです。それもずいぶん年下の男子に! 

「最近のトレンドを見るに、30代女性と10代男性くらいの物語は多いなぁと。やっぱり、設定として圧倒的に女性のほうが好かれているんです。向こうから求められているぶんには一向にキモさはないんですよ。それで“あたしなんてダメよ”とか言ってるぶんには美しい恋愛物語です(笑)。でも、それはなかなか難しいのが現実ですよね。誰もマンガでまで現実を見たくないと思うんですが、(40代女性と10代男子の恋愛を)受け入れてもらうのは難しい」

40代の恋愛というと、不倫という設定が圧倒的に多いですが、たかこの恋した相手は、同じバンドを愛する年下の友人男子。お台場のライブハウスZeppに2人でコンサートに行ったり、路線バスに乗ったり……、なんだかすごくデートっぽいシーンもあります。けれど、恋心を自覚してドキドキするたびに、たかこは何度も自分の姿を俯瞰して、“自分、キモい!”という猛省と独白を繰り返すのです。

「相手に求愛されている展開なら美しくても、相手に受け入れられない場合は、とたんに“キモい現象”になってしまうんですよ。だから、先に主人公に自省させて、キモいと何度も言わせているのもありますね(笑)」

そのあたりも、王道の恋愛ドラマとはだいぶ違うところ。担当編集者とは“40代の女性がこんなに年下の男子に恋心を持つことが、キモイかキモくないか”。そこが常に話し合われたそうです。

同時並行で、不登校で拒食症のひとり娘・一花との二人三脚の頑張りも描かれます。

「一花ちゃんだけは幸せにしたいと思って描いてきました」という入江さん。

実はご自身にも、娘さんにも不登校の経験があるそうです。

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作中、不登校だった娘・一花とたかこが二人で散歩をしていて、偶然にも理想の学校に足を踏み入れるシーンは圧巻。読む者を揺さぶるシーンで、ぜひ、ストーリーの中で読んでもらいたい場面のひとつです(『たそがれたかこ』9巻より)

「実は、このシーンは私自身がああいう感じで娘と一緒に歩いている時に見つけたんです」

えーっ!!(取材班一同)。まさかの実話が元になったシーンだったとは……。

「御茶ノ水にあった文化学院がモデルです。私のほうが夢中になって中にどんどん入って、娘に制止されるという感じでしたが。帰宅して娘が調べてみて、なんと学校らしいと。学校の創始者(西村伊作)がめちゃめちゃキレイなおじいちゃまで。あの時代にしては長身で毛皮のコートを着こなしているという。理想の女学校がないからと、自分の娘のために創立したんです。若かったら、本気で私、入学したかったです。娘にこれはもう運命だよ! 入学しよう!と。親がこういうことを押し付けたり、こじつけたりしてはいけないなぁ……と思いつつ。でも、当時不登校だった娘も、そこに何度か行くうちに、あそこだったら通えるかもと言い出したんですよ。制服もないし、先生方も、通っている生徒さんたちも自由な感じでしたから。イヤだったら1ヵ月でやめてもいいし、と私も言っていたら、本当に通い始めたんです。ちょうどそのとき東日本大震災が起きて、私は学校どころではなくなるかも……と思ったんですが、逆に本人は、このままではダメだと覚悟を決めたようで、通いつづけることができました。入学式の前日にも、わりと大きな余震もあったりして。本人も最初はつらかったようですが、みんなも余震が怖い中で通っているという状況に鍛えられたようです」

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自宅から出かけるたびに渡る橋。独りきりで重い足を引きずったことも、娘の一花と2人で懸命に一歩ずつ進んだことも……。そして2人の“今を肯定する”穏やかな表情に、読んでいてよかったー!と心から涙するはず。

そんなふうに入江さんの思い入れが強くある学校。いざ、作品に描こうと思ったときは、閉校が決まって実物は御茶ノ水にはすでになく、別な場所に移転していたそうです。
「侵入禁止の場所に強引に入っていって、ちょっとだけ写真を撮らせてください!とカメラのシャッターを切らせてもらいました。今の時代に、本当に必要な学校だと思うんですけどね。今までの教育神話も壊れていますから、あれば素敵な学校だったんじゃないかなと。なにしろガツガツしていない学校なので、宣伝が行き届かなかった面もあるのかな。残念です」

※文化学院……開校当初の生徒は女子のみ約40名。教師は創立者の伊作のほか、与謝野寛、与謝野晶子、石井柏亭、山田耕筰、河崎なつ、有島生馬、高浜虚子らというあまりにも豪華な25名が勢ぞろいでスタート。


40代後半から50代が最高に面白い!
諦めた先の始まりが見えてくる

 

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『ゆりあ先生の赤い糸』第1話の表紙。「でっかく、まっすぐ、かっこよく!! はばたけ女、50歳――!!」というキャッチに、40代主人公・たかこの次は50歳!? とまたまたファンは、ワクワク&騒然なのでした。

そして新連載『ゆりあ先生と赤い糸』はどのようにして生まれたんですか?

「最初は30代くらいの主人公に若返らせて……と考えていたんですけど。今、自分自身が50代になって、今の自分が面白すぎるなぁ!と(笑)。40代後半からこの思いは始まったんですけどね、我ながら『こんなふうになるんだ、この年になると』『こんな考えになるんだ』ってびっくりするんです。30代の主人公だと今ひとつ足りない迫力が、50代なら出せそうだと。50代のほうが諦めもあるし、諦めたところからの始まりもあるんですよ。30代では思いつかなったようなことが色々あって、面白い。自分が今読みたいマンガって何だろうと思ったときに……30代じゃない気がするわけです」

入江さんは“少女マンガ”がいちばん元気で、花盛りをむかえた頃に思春期まっただ中。山岸凉子さん、池田理代子さん、大和和紀さん……毎月楽しみにしていた作家さんが伝説の大御所たち。非常にマンガ読みとして恵まれた世代で、読み手としてもかなり鍛え上げられている世代なのは当然のこと。

「あくまでも“少女マンガ”にこだわって、50代が本気で読みたいマンガを描きたいなぁと思ったんです」と語る入江さん。いったん、ミモレ読者のために“少女マンガ”の変遷を簡単に伺いました。

「最初の少女マンガ盛隆後に、岡崎京子さんや内田春菊さんなどを代表とする“おしゃれ系”に流れが変わるんですね。自分の身に置き換えられる、現実重視路線になってきて、夢ばっかりみたいなのはウケけなくなりました。だから、セックスも入ってくるし、相手もヒーローじゃなくてダメンズ。だんだん、今までのドラマティック、ロマンティック至上とは別な良さ、流れに変わっていくんです。そこから、昔ながらの“少女マンガテイスト”を愛する才能のある方はBLジャンルに進出する流れも出てきました。なぜかというとですね、ちょっと乱暴な説明かもしれませんが、今の女子高生が主人公のマンガで、壁ドンしてくるヒーローの大半は、どちらかというと歌舞伎町に生息するイケメンホストみたいな人物設定です(笑)。それが悪いのではなく、そっちのリアル路線に行けない方がBLに行く、という1つの流れはあるんじゃないかとは思います。BLを描いている方々は真のロマンチストだと思います」
 

好きになる気持ちは同じ。
20代30代も読んで夢中になるような
50代がヒロインの恋愛マンガを


「私は、昔ながらの少女マンガも好きだし、おしゃれ系も好きだし、BLも好きなんですが、“みんながまだやってないジャンルを描きたい”気持ちが常にあるんです。それが何かを考えた結果、“40代50代の人が普通に恋愛したりする話”でした。たとえば、不倫というだけで世の中では“汚い”と扱われるけれど、本当にそうなのかな?と。渦中にいる人は自分のことを汚いとは思ってないし、一生懸命やっているだけだろうな、とも思うし。あんまり三面記事みたいなのじゃなくて昔の少女マンガテイストで今の40代50代の恋愛が描けないかなと。私の思春期は、毎月毎月『日出処の天子』(山岸凉子作)を恋焦がれて待ち、読みふけり、次の発売日が来るまでセリフを覚えるまで読み返し……という、マンガのおかげで楽しい日々だったんです。おこがましいけれど、そのくらい発売日が楽しみでならないようなマンガが描けないか、というのは『たそがれたかこ』のときから考えていることです」

そして生まれた50歳のヒロイン、ゆりあ先生! 主人公は、少女時代に姉の影響でバレエ教室に通っていた過去をもち、現在は売れない物書きとなった夫と結婚20年目をむかえたところ。手芸教室の先生として、地味ながらも穏やかな幸せで納得しかけていた矢先、夫が渋谷のホテルで昏倒→救急車で緊急搬送という知らせを受けます。病院に駆けつけると、こん睡状態の夫と見知らぬ美青年。診断はクモ膜下出血、一命は取り留めたものの、夫は目覚める気配なし。そして後日、病院で再会した美青年の口から語られた驚くべき真実とは……。

「『えっ、私は入れこめないんじゃないの?』と最初に思ってもらえるくらいの主人公の方がイイんです(笑)。そのほうが絶対に途中から引きずり込んでみせるという意気込みが湧いてくるのです。『まさかこのヒロインにここまで引きずられるとは……!』と読者の方にがく然としていただくのが目標ですね。“少女マンガ”テイスト=誰かを好きになる、というお題は20代も50代も同じく普遍的なことだと思うんです。なので、『50代が主人公のマンガはちょっと……』と思っている20代30代の方々をも夢中にさせたいです。そして、50代の方にももっとマンガを読んでほしいですね」
 

40代はぎりぎり女子と言えるかもしれない。
でも50代は女子とは言えないかも(笑)。
今は“今の面白さ”を描きます


「カッコよく生きようという呪縛がある、ゆりあ先生は、亡くなったお父さんのことは好きなんですよね。好きという自覚はないかもしれないけど、男の理想を体現している人物として見てるんです。それが呪いなんですけどね。可愛そうだな~と思いつつ描いてます(笑)」と入江さん。奔放なリア充の姉とののリアルな姉妹関係も見どころのひとつです。

「私は一人っ子なのですが、まわりの姉妹がいる女性たちは必ず『姉の方が○○○できてすごい』『妹のほうが○○○で美人だ』とか、お互いに深いコンプレックスで成り立っている関係なんですね。私から見ると、いや、2人とも両方美人だよ? 賢いよ? って、いつも思うんですが。姉妹ってそう言いつつ支え合い、憎み合っているのかなと。姉妹同士って面白いなと思う関係性ですね、羨ましくもありますし。生まれた瞬間からライバルでもあり、最初に接する同世代の同性でもあるという存在は特別でしょう」

ゆりあ先生にとって理想の男性像が、まるで昭和の男そのままのような父親だとしたら、実際の夫はかなりタイプが違うのも気になる設定です。
「あのお父さんが父親ではなく、他人だったらゆりあ先生は選ばれないでしょう。もっとわかり易く女っぽい女を選ぶ男性ですから。ゆりあ先生の旦那は相当な変わり者なんです。男性なのに女性っぽいところがあるというか、柔軟性があるというか。女性として相手を好きになる気持ちより、人間としての好奇心が勝っているようなタイプですね。でも、そういう興味が勝る人間は、他人にも同じ理由で興味を持ってしまうんですよね」

好きな気持ちより好奇心が勝る人間がいる!? ともあれ、平穏な人生の後半戦を楽しむつもりが、人生のクライシスがどんどん起こってくるゆりあ先生。
「時代がちょっと変わってきていて、女の人もいろんなことを考えていると思うんです。結婚して終わりではなくなっていますし、とにかく自分自身が相当しっかりしていなきゃだめだという意識、時代になってきていますよね。そんな時代に、『女なんだけどカッコよく生きてやるぜ』っていう人が出てきても不思議じゃない。昭和の初めくらいまではダンディズムがあったというか、男性がそれを強いられていましたよね。昔の男の人はやせ我慢する。本当は怖くても、つらくても、強さを打ち出さなくちゃいけない時代だったのもありますし。だけど、戦後、『もういいっす、女の人も強いみたいだからお任せします』みたいな雰囲気も出てきて今があります。それはそれで、女の人にとってもよかったのですが……。まあ、一言でいうとやせ我慢する女の話です、いろいろと(笑)」

ゆりあ先生のお父さんにしてみたら、『カッコよく生きようぜ』というのは男の子たちに言い放った言葉だったのでしょうが、なぜかヒロインに刺さってしまったのです。とはいえ、“少女マンガ”ならではの、これからのゆりあ先生の「純愛」にこうご期待。家庭の問題も抱えながらも、とっても意外な形でお相手が登場するそうです! 玄人好みの読者をどんどんトリコにしていく入江先生の新連載から、いよいよ目が離せません。

なんと今回は、そんな『ゆりあ先生の赤い糸』の第1話を無料公開! 次ページよりぜひお読みださい。

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ゆりあ先生の意志力を感じる目が印象的なカバーデザイン。なんと、デザイナーの小沼早苗さんは前作『たそがれたかこ』の大ファンで、たかこ最愛のバンド・ナスティインコのCDをアレンジして入江さんに送ってくださったのがご縁だそう! 

<新刊紹介>
『ゆりあ先生の赤い糸』

入江 喜和 著 440円(税別) 講談社

かつて姉の影響でバレエをやっていた伊沢ゆりあ50歳。現在は手芸教室の先生として地味ながらも幸せに暮らしている。そんなある日、物書きの旦那が渋谷のホテルで昏倒し、救急車で緊急搬送される。病院に駆けつけるとそこにいたのは旦那と見知らぬ美青年。診断はクモ膜下出血。緊急手術をし一命は取り留めたが、旦那はいっこうに目覚めない。そして後日、病院で再開した美青年の口から語られたのは信じがたい話で……。

本作は「BE・LOVE」(講談社)にて好評連載中です。


文/藤本容子
撮影・構成/川端里恵(編集部)

 

 
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