この度、ミモレで新カテゴリー【「これから」をときほぐす教養 from 現代ビジネス】が始まりました。「これから」の社会がどうなっていくのか、100年時代を生き抜く私たちは、どう向き合っていくのか。思考の羅針盤ともなる「教養」を、講談社のウェブメディア 現代ビジネスの記事から毎回ピックアップいたします。

初回は、ジャーナリストの中野円佳さんが、自身の著書『上司の「いじり」が許せない』刊行時に執筆した記事をお届けします。

「万策尽くしてみる」と言ったが…


2015年12月25日に亡くなられた高橋まつりさんは、その年の4月に電通に入社していた。まつりさんのお母様である高橋幸美さんと代理人弁護士の川人博氏は、昨秋に『過労死ゼロの社会を ~高橋まつりさんはなぜ亡くなったのか』を上梓している。その中でも語られるように、まつりさんは様々に直面する困難を自力で乗り越えてきた努力の人であった。

私がこの本を読んで驚いたのは、まつりさんが、11月に上司や人事、労働組合の先輩などに相談していたことだ。辛いと言い出せなかった、逃げようという発想がなかった、大企業を出るのがこわかった……のではない。


本人はお母様に「万策尽くしてみる」と言い、実際に様々な方法を模索したにもかかわらず、会社はその状況に適切な対処をしなかった。ここまで本人が訴えているのに、どうして彼女を救えなかったのか、と嘆息せざるをえない。

高橋まつりさんの場合は、同著書でも第一に長時間労働が要因とされているものの、ハラスメントも第二の要因としてあげられており、その中には「いじり」も多分にあったとみられる。

私は職場において「いじり」という、容姿やプライベートについてのからかいが、実は被害者をひどく傷つけているという事例を取材し、本を上梓することになった。被害者の中には、気付かないうちに心身がボロボロになってしまうケースもある。

しかし、社内にハラスメント窓口があっても、まず相談に行けない人が多いし、まつりさんのように、せっかく勇気を出して相談に行っても、適切な対応を受けられていないことが多い。結果として被害者のメンタルヘルスも、原因となっている環境も、放置されてしまう。企業は次の観点から、ハラスメントにしっかり向き合い、対処してほしい。

 

企業がハラスメントに向き合うべき理由


1つ目は、人権保護であり、安全配慮義務の一環として、そしてメンタルヘルス対策として。ヒアリングしたケースの大半は、自社内にハラスメントやコンプライアンスを相談する窓口があり、そのことを知っている。

しかし、こうした窓口においては、被害者側の主張のみによって対処がされることはまずない。 厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」が3月末に報告書をまとめているが、この報告書の中でも相談があった場合には迅速かつ正確な事実確認が必要とされている。この「事実確認」が被害者を踏みとどまらせる。窓口に相談したことが加害者に知られれば、さらなる嫌がらせを受ける可能性があるからだ。

厚労省の報告書でも、実際にパワハラが確認できた場合は、関係改善に向けた援助や被害者と加害者を引き離すための配置転換など、被害者に対する配慮を適正に行うことが推奨されている。ただ、こうした調査や対処が検討されている間も、被害者と加害者は毎日職場で顔を合わせているわけだ。迅速かつ適切に対処してもらえることが明らかでなくては、 安心して相談できない。

相談できた場合も、その窓口になった人から責められたり、社内で噂にされたりするという最も避けるべき言動がみられる場合もある。

こうした窓口に関わったことのある人への取材によると、確かに、冤罪と思われた訴えや、相談者側が極端な受け止め方をしているケースもあると言う。ただ、だとしても相談者は何らかの問題を抱えているわけで、それはそれで適切な対処を必要とするだろうし、稀なケースが社内で広まることによって、ますます本当に相談に向かうべき人が相談できない状況が作り出されてしまう側面もある。

窓口担当者が社内の人間であれば、判断が普段の権力関係や社内での名声に左右され、マイノリティや若手、弱い立場の方に疑いの目が向けられてしまう構造もあるだろう。

いずれにせよ、ただ窓口を置きさえすればそれでいいというような簡単な問題ではない。相談事案に対する対応策だけではなく、再発防止に向けた根本的な解決も含めれば、非常に多くの重要な役割が求められ、ここに外部人材も含めて投資をしていく必要があるのではないか。