教育改革実践家として活躍されている藤原和博さん。第一回のインタビューでは、「90歳時代を生き切るためには“キャリアの大三角形”を作ることが大切」というお話を伺いました。第二回では、より大きく膨らみのある三角形を作るためのポイントを解説。このお話を参考に、ぜひ40代からのモードチェンジをおこなってみてください!

藤原和博 1955年生まれ。東京都出身。教育改革実践家。東京大学経済学部を卒業後、リクルート社勤務、同社フェローを経て、2003年に杉並区立和田中学校に初の民間校長として就任。その手腕が高く評価され、その後、橋下大阪府知事の特別顧問、奈良市立一条高等学校校長などを務める。著書も多数あり、近著に『10年後、君に仕事はあるのか?』(ダイヤモンド社)、『「毎日の悩みが消える」働き方の教科書』(電波社)、『45歳の教科書 戦略的「モードチェンジ」のすすめ』(PHP研究所)などがある。オフィシャルホームページ「よのなかnet」>>www.yononaka.net

 

自分の希少性を高める3歩目の踏み出し方とは?


前回のインタビューでは、40代以降の人生を豊かに生きるためには3つの足場を固め、自分の希少性を高めることが大切だ、というお話を詳しくお聞きしました。

「自分の希少性を高める、すなわち100万人に1人の存在になれば、当然仕事におけるニーズは増えるでしょう。しかもあなたの変わりはいませんから、60歳になったら定年で終わりというのではなく、長く働ける確率も高まります。これからは90代まで生きるのが当たり前という時代になるでしょうから、長く働けるというのは非常に重要なことです。またお金を稼ぐという点においてだけでなく、『自分はどこへ向かっているのか』というアイデンティティの揺らぎも消えるはず。自分の基盤が確固たるものになるので、きっと精神的にも豊かな人生を送れることと思います」

そのためにも、「3つ目の足場を探して、40代でいろいろなことをおこなってみるのが良い」とのこと。そこで藤原さんに、その試行錯誤の仕方についても詳しく解説していただきました。その前にあらためて、前回のインタビューでも紹介した「キャリアの大三角形図」を見直してみましょう。
 

「キャリアの大三角形」を作ろう!

 

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「④の3歩目をどこに踏み出すかで、この三角形のサイズは大きく変わってきます。ですからいきなり3歩目を『これ!』と絞るのではなく、③で示したように、5つぐらいのことを同時にやってみるといいでしょう。それで『どうも違うな』と感じたものはやめるなど、あれこれ試行錯誤してみてください。やってみることは、日頃から興味を持っていることでも、大学時代に勉強していたこと、または被災地支援など何でもかまいません。ただし誰もがやっていることを始めたのでは、三角形のサイズはあまり広がらない。勉強や研究をするなら、人があまりやらない分野を深堀りすることがポイントです。昭和天皇は海洋生物の研究をしていたことで知られていますが、中でも熱心に研究していたのがウミウシです。こう聞いて、おそらく大変の人が『ウミウシって何?』と思ったことでしょう。だから良いんです! それくらい誰も知らないものだからこそ、深堀りすれば三角形のサイズが広がっていくんですよ」

 

多くの時間と熱量を注ぐことがポイント


とはいえ誰もが、人とは違うものに興味を持てるわけではありません。たとえばmi-molletをよく見ている人には、おそらくファッションが好きという人が多いことでしょう。そこでたくさんの服を買っておしゃれをするだけなら、数いる中の一消費者となって、三角形は広がりません。そこでポイントとなってくるのが、時間と熱量を注ぐことです。

「僕はあるとき時計を買おうと思ったのですが、どうしても気に入るものが見つかりませんでした。そこで自分で作ってしまおうと考え、その頃知り合った時計会社の社長にデザインのアイディアを提案したのです。結果的にそれは販売もされ、第10弾まで続くシリーズ商品となりました。もちろん、ただ『こんなのを作ってほしい』とお願いしたわけではありません。様々なメーカーの時計の資料をコラージュし、スケッチを加え、限りなく実物に近い形にまで作り上げて見せたのです。そこまで本気のものを提示すれば、人はけっこう耳を傾けてくれるもの。メーカーに持ち込まなくとも、ちょっとしたものなら3Dプリンターを用いて自分で作ることもできますし、ネットを通じて製作を請け負ってくれる人を探すこともできる。このように“誰もがやること”に足を踏み出すなら、時間をかけることと、とことんやるという“しつこさ”が希少性を生む鍵になってきます」

 

2つのものを掛け合わせると希少性はさらに高まる


もう一つ、希少性を高める3歩目を探したいなら、2つのことを掛け合わせてみるのも非常にオススメです。

「たとえばアロマセラピーという仕事。これまでアロマについて学んでいる人は多くいたでしょうし、セラピストも多くいました。ですがこの2つが合体したことで、一気に希少価値が出たのです。あるときから人気職業として席巻するようになったネイルアーティストも、同様ですよね。3歩目は、このように自分の好きなものを掛け算してみるのもいいでしょう。ツアーコンダクターをしていて犬が好きという人なら、『犬と一緒に旅行できる専門ツアコン』を企画してみるのもアリ。掛け合わせの可能性は無限にありますから、ぜひいろいろ考えられてみてください。希少性が高いというのは、決して難しい資格をとることだけではないのです」

 

夫婦で一緒にできるものを始めてみるのもオススメ


少し話はそれますが、結婚している人にとって、3つ目の足場探しにおいて無視できないのが夫の存在でしょう。自分一人が何かにのめり込んでいると良い顔をされないかもしれないし、反対に夫を放り出して何かを始めるのは申し訳ない、と感じる人もいるかもしれません。そこでいろいろお試しでやってみるもののうち、1つか2つを夫と一緒にできるものにすると夫婦の関係は崩れにくい、と藤原さんはアドバイスをくれました。

「たとえば動物を飼うのもいいでしょうし、何か一緒にスポーツを始めるのもいいでしょう。僕たち夫婦の場合は、一緒にテニスと被災地支援を始めました。とくに被災地支援は夫婦でのぞんだほうが周囲に安心感を抱いてもらえやすいので、お勧めです。夫婦はもともと他人ですから、何か共同で作業することがないと本当にただの他人同士になってしまう。熟年離婚が多いのも、子育てという共同作業が終わってお互いを結びつけるものがなくなってしまうからでしょう。でもここで何か別の共同作業があると、会話のネタになります。会話があれば、愛が深まりまではしないでしょうけど、少なくともすれ違いになるのは避けられますから(笑)」

 

3つ目の足場を固めるには1万時間が必要


そうして試行錯誤した後は、いよいよ「キャリアの大三角形」の完成のために、「これ」と決めた3歩目に踏み出します。ここで何よりも意識しなければいけないことは、中途半端にやらない、ということ。

「人が何かをマスターするには1万時間かかると言われています。これは年月に換算すると、毎日約3時間そのために時間を費やしたとして、10年。もっと集中的に、1日6時間費やせば5年でマスターできるでしょう。そんなに長い時間……とショックを受けられたかもしれませんが、2人に1人が90歳まで生きる時代ですから、40歳ならあと50年あるということ。3つ目どころか、4つ目、5つ目の足場も作れてしまう時間があります。ぜひ『これ』と決めたことに、1万時間取り組まれてください。それだけやれば、絶対にマスターできますから」

ここでもう一つの問題が……。仮に3つ目の足場として「これを極めたい」というものが定まったとしても、実際に踏み出す実行力を持てるかどうかとなると難しいところ。とくに家事や育児に追われている人は、子どもがある程度大きくなった後も、そのまま「家族のために」と働き続け、その足場作りに1万時間以上を費やしてしまう可能性も多いにあります。

「そうして3歩目の踏み出しをためらっているうちに孫ができて忙しくなったりしますから、『これで充実しているし』とごまかせてしまうところがあります。もちろん子ども、孫、家族のために尽くし続ける人生もあると思いますが、それだけでは、さすがに90年100年という時間は乗り切れません。一人になったときに、『私は自分の人生を生きることができたんだろうか』という思いを抱いてしまうようではさみしい。要は、『自分の人生はこれからまだ50年もある』という危機感をどれだけ持てるか。『チャンスの神様に後ろ髪はない』という言葉がありますが、『これだ!』と思った3歩目には臆さず踏み出してください」

 

女性ならではの人間的魅力を大事に


さて、先に紹介した「キャリアの大三角形図」にもあったように、3つの足場を築いて三角形を作った後に大事になってくるのが、美意識や哲学、志といった内面的なもの。これらを追加することによって、「キャリアの大三角形」は3D化し、その人の希少価値はより高くなってきます。

「実はこの3D化において、女性は非常に有利なのです。これは、AI化、ロボット化が進むこれからを考えてみてもらえると分かります。たとえば銀行の業務、物の売買、製造など、仕事と名のつくものは大半がAIやロボットに奪われていくでしょう。そうなると大事になってくるのは、機械が持ってない人間的魅力です。微笑みとか、いるだけで安心感を与えられるとか……。極端な話、ただ微笑んでいるだけの動画がアップされ、それを見て癒されるためにものすごい数の人がアクセスする、なんてことも起こるかもしれません。つまり、最後に残るのは人柄や生き様、信念、美意識のようなもの。家族のことを細やかにケアしてきた主婦の方は“気配り”や“共感力”といった強みを持っていますから、そこを生かせば大三角形の体積をかなり大きくすることができるでしょう」

このように、人生のモードチェンジの可能性は無限にあるもの。「私なんて……」などとは決して思わず、この機会に自分の「キャリアの大三角形」を完成させるための3歩目を探し始めてください。

「たしかにかつての日本は、40代くらいで一仕事終えたらあとはのんびり余生を過ごす、という価値観で良かったでしょう。でも寿命が長くなった今は、そんな富士山登山のような“一山主義”では乗り切れません。下りの人生があまりに長く、虚しさが募っていくだけです。それよりも僕は、これからはいくつもの山が連なる“八ヶ岳型連峰主義”に修正する必要があると思っています。つまり、1つの山を登りながら他の山も登る準備を始め、すそ野を広げるということ。50歳からの人生をただ下るだけよりも、40代でモードチェンジをおこない、50歳から何度も山並みを繰り返していく。そんな人生のほうが、圧倒的に豊かだと思いませんか?」

 

<著書紹介>
『45歳の教科書 戦略的「モードチェンジ」のすすめ』

藤原和博 著 ¥1400(税別) PHP新書
「迷える世代」と言われる40代に向けて、もう一度自分を取り戻すための手法を授けてくれている1冊。画期的なのは、この本のなかで考案されている「キャリアの大三角形」を作ること。自分自身の希少性を高め40代以降の人生を豊かにしてくれるステップが詳しく解説されています。


藤原和博さんインタビュー①はこちら>>

取材・文/山本奈緒子 構成/川良咲子(編集部)