もし犯罪を起こしたのが自分の子供だったら――。
思春期の子供を持つ人も多いミモレ世代、日々起こる少年犯罪に対する報道を見て、ふと考えたことがない人はいないかもしれません。そんな時にどんな気持ちになるのか、何をすべきなのか。そして、どこまでできるのか。
薬丸岳さんの小説『Aではない君と』は、そうした親の葛藤を描いた物語。主人公である吉永は、離婚した妻のもとで暮らす一人息子の翼が同級生を殺害したことをきっかけに、息子と、そして息子の犯した罪と、真正面から向き合うことになります。

今回お話を伺ったのは、この秋にドラマ化される同作品で吉永役を演じる佐藤浩市さん。この役を演じることは、「親とはどういうものなのか」「罪を償うとはどういうことなのか」という問いへの、佐藤さんなりの答えを探す作業だったようです。

佐藤浩市
俳優。1960年12月10日生まれ。東京出身。多摩芸術学園映画学科に在学中の1980年、NHKドラマ『続・続事件 月の景色』で俳優デビュー。映画『青春の門』(’81)でブルーリボン賞新人賞を受賞し、続編『青春の門 自立篇』(’82)で映画初主演。その後、数々のドラマや映画に出演し、『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(’94)、『64 ロクヨン 前編』(2016)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。2017年には、息子の佐藤寛一郎(22歳)が俳優として映画デビュー。


拘置所に面会に行った吉永に、息子・翼が唐突にこう尋ねる場面があります。
「なんで人を殺しちゃいけないの?」。
実際にこんなことを自分の子供に真正面から聞かれたら、なんて答えたらいいんでしょうか。「“ダメに決まってる”としか言いようがないよね」と、佐藤さんも言います。こんなふうに「当たり前すぎて明確に答えられない問い」を投げかけるのが、直球勝負の薬丸作品の魅力。そして佐藤さんが「薬丸作品はキツイ」と答える理由です。

「薬丸さんの原作作品は映画『友罪』に続き2度目の出演で、そちらの監督は瀬々敬久さんです。瀬々さんも答えのないものをやりたがるからね。撮影中に自分の顔を見たら、疲れ切ってるなあって(笑)。特に子供の親を演じる時は、結局のところ“じゃあ自分だったらどうだろう”と考えるしかないし、答えが見つかったとしても、それが正しいとは限らないので。“しょせん芝居じゃないですか”と言われたりもしますが、どこか自分自身で引き受けるものがないと、それは自分の表現としてやる資格も意味もないし」

そんな中、佐藤さんが演じるうえでの自身の道筋を見出すきっかけとなったのは、社会に大きな衝撃を与えたある殺傷事件です。犯人は幼い頃から家出を繰り返していた、20歳そこそこの青年でした。

「マスコミからの取材を受けた彼の父親の話が、平たく言うと“自分は生物学上の親子でしかない”という感じだったことに驚きました。どう言えばいいのかわからないけれど、その父親があまりに理路整然としていて、気味が悪いなと感じたのは正直なところです。親として、それ以上に個の生き方として感じ方が、僕らの時代とはずいぶん違ってきているのかもしれません。必ずしも世代の違いではないのでしょうが、こういう親子の形があるのかと」

ジャケット¥88560、シャツ¥36720、パンツ¥30240、ポケットチーフ¥15120/ボス(ヒューゴ ボス ジャパン)tel. 03-5774-7670 (他スタイリスト私物)

ある意味でその父親の姿は、吉永を演じるうえでのアンチテーゼとなったのかもしれません。吉永のセリフに「遅くに生まれた子供なので」という一文を付け加えてもらったという佐藤さん。小説の設定である40代前半から年齢を引き上げて演じたのは、言ってみれば「昭和の父親」。罪を犯した息子の責任を、葛藤しながらもともに引き受けようとする父親です。

 

どこまでも愚かに子を思う、「親」のどうしようもなさ


作品は父親ならではの弱さ、愚かさにも触れています。

「目の前にある一点のみに集中して考えられる母親に比べ、父親はより広い範囲を見てしまう。子供のことを気にしながらも、社会的な立場や、巻き込んでしまう自分の周囲の人生みたいなことを思ってしまうところはありますね。吉永もそうで、事件の混乱の中で自分の名前をネット検索し、自己嫌悪を覚えながらも、見つからないことにホッとしてしまう。でも自分と息子との関係、自分と妻との関係を顧みて、なにかできることがあったのではないかという後ろめたさや負い目も感じているし、深く葛藤もしている。

確かに現代のメディアやネットによる加害者家族への容赦ない鉄槌は、昭和の頃の社会的制裁とは全く異なるものだし、非常に恐ろしいことですよね。ただ別の見方をすれば、それによって思い知る認識はあってしかるべきじゃないか。つまり事件を防ぐことができたかもしれない人間は、最も身近な存在である家族だったんじゃないかということです」


そうした中で浮き彫りになっていくのは、結局のところ「親としてしか生きようのない」吉永の姿です。被害者の遺族からすれば、たとえ加害者やその家族がどれだけ苦しんだとしても、その罪を絶対に許容できない。でも、もしも、もしも許されるならば、息子には息子の人生を生きさせてやりたい――そう思ってしまう、どうしようもない愚かさ。そこには「それが普遍的な親の思いであってほしい」という佐藤さんの願いもあります。

 

真相解明されても、心の中では事件は解決していない


でも作品は、そうした親の思いの尊さや美しさを描くのみではありません。多くのミステリーはその謎解きによって幕を閉じる中、この作品はその後の被害者と加害者の関係を描いてゆきます。原作者の薬丸岳さんによれば、当初は真相が明かされる裁判までで物語を終えようとしていたものの、書き進むうちに「もう少し書くべきではないか」と思うようになったのだとか。

そうして書き足された最後の部分が描くのは、父子の真の贖罪と、そこからしか始まらない新たな翼の人生への、吉永への思いです。でも法律上の贖罪を終えた翼は、いまだ「なぜ人は人を殺してはいけないのか」という問いの答えがわからず、父の提案を受け入れることができません。

 

「ドラマの基本的な方法論は“起承転結”ですが、この作品は言ってみれば“起承転結・結”で、これを上手く着地させるのは大変だなとは思いました。変なことを言うようですがドラマの場合、裁判の後に、翼がひとつひとつ何かに気づいてゆくどのエピソードでも終わることができるんです。ただ原作者が“もう少し先まで”と自身を追い込んで書いたものを映像化するにあたって、監督はもちろん僕にも“最後までいかなければ終わりようがない”という覚悟がありました。そうすることで、吉永の親としての愚かな願いが、最後の最後で見ている方の心に触れるのではないかと」

もちろん、加害者の気持ちがどうあったとしても、被害者のその後の人生は永遠に奪われてしまっています。けっして取り戻せないものを、贖うことなどできるわけがない。そうしたことを心に重く受け止めつつ、佐藤さんは言葉を選びながら語ります。

「加害者は、被害者遺族の方が“絶対に許さない、だけどもういい”というところにたどり着くまで、日参とは言わないまでも、ずっと謝罪し続けなければいけないと思うんです。この父子がそうした思いに共にたどり着ければいいなと。もちろんこうした物語が、特に多くの人が見る地上波で放送されれば、いろいろなことを思う人がいるでしょう。でもだからこそ、地上波放送に意味がある。議論が起こることによってしか何も始まらないと思いますから」
 

<映画紹介>
テレビ東京開局55周年特別企画ドラマスペシャル
「Aではない君と」9月21日(金)夜9時放送!

 

第37回吉川英治文学新人賞を受賞した、作家・薬丸岳 原作の小説『Aではない君と』を初めて映像化・テレビドラマ化! 加害者の少年の父親・吉永圭一役を佐藤浩市が、吉永を支える弁護士・神崎京子役を天海祐希が演じます。その他、戸田菜穂、市川実日子、山本耕史、八嶋智人、寺島進、安田顕、仲村トオル、山﨑努ら超豪華キャストが共演。「少年犯罪」「加害者と被害者双方の苦しみ」「贖罪のあり方」など、深く重い、答えのない問いに挑みます。
9月21日(金)夜9時からテレビ東京にて放送です。どうぞお見逃しなく!

監督:塚原あゆ子
出演:佐藤浩市、天海祐希、杉田雷麟、戸田菜穂、市川実日子、山本耕史、八嶋智人、寺島進、安田顕、仲村トオル、山﨑努


撮影/横山順子 スタイリング/藤井享子
取材・文/渥美志保 構成/川端里恵(編集部)