10月1日よりスタートした朝ドラ『まんぷく』(NHK)。初回総合視聴率29.2%という非常に好調なスタートを切りましたが、振り返れば2010年放送の『ゲゲゲの女房』以来、ドラマ人気の衰退がささやかれる中、朝ドラは一人勝ち状態が続いています。私たちはなぜこんなにも朝ドラに惹かれるのでしょう? 朝ドラの主人公たちに自分の何を重ねているのでしょう? フリーライターで、『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)の著者である木俣冬さんが分析されています。

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朝ドラはその時代の女性の生き様を反映していた


正式名称「連続テレビ小説」は、1961年に放送がスタートし、東京五輪を迎える2020年には100作を超える予定だ。国民のテレビドラマ離れが進み、今や平均視聴率が10%を超えれば「御の字」と言われる中、朝ドラだけはどの作品も20%前後をキープしている。しかしその朝ドラも、長い歴史の中で大きな浮き沈みを経験してきている。まずは時代背景とともに、朝ドラ人気の変遷を振り返ってみたい。

記念すべき朝ドラ第1作は『娘と私』。主役は男親で、一人娘を通してその生みの母と育ての母の想いを描いたものだった。その後も母のない子と子のない母の物語であったり、老夫婦の物語であったりと、初期の頃は家族ドラマとして描かれているものが多かった。
現代のような“女の一代記”を形作ったのは、第6作の『おはなはん』だ。平凡な主人公が日清・日露戦争、関東大震災、第二次世界大戦と、未曾有の困難に打ち克って前進していく様が、同じく戦争を体験した多くの視聴者の心に突き刺さった。以後、大正から昭和の戦中戦後を舞台にしたストーリーは、朝ドラのテッパンとなっていく。

ところが時の流れの中で、女性たちの生き方も大きく変わっていく。もともと朝ドラを見ていた人には専業主婦が多かったが、女性の社会進出が進むにつれ、「結婚後も働き続けたい」という意識がジワジワと高まってきた。そんな時期に登場したのが、あの伝説の一作と言われる『おしん』(1983年放送)だ。妻と実業家の二つの顔を描いた『おしん』は、平均視聴率52.6%を記録。実に、国民の二人に一人が見ていたということであるから、その人気や恐るべしだ。その後も、キャリアウーマンの母と漫画家を夢見る娘を描いた初の現代劇『青春家族』では、離婚や不倫、女性管理職といった題材が取り上げられるなど、朝ドラは常に、その時代の女性の生き様や価値観を反映していた。


1990年代以降、なぜ朝ドラは低迷期に入ったのか


ところで多くの人は、『ゲゲゲの女房』以前の朝ドラ低迷期が印象に残っているのではないだろうか。その兆しが見え始めたのが、1991年に放送された『君の名は』だ。戦争に巻き込まれ結ばれることなく終わった男女の悲恋を描いたもので、かつてドラマ化、映画化され一世を風靡した作品のリメイクである。その苦労話は変わらなかったものの、リメイク版では、時代に合わせてラストは結婚して幸せな夫婦生活を送るというものに変更されていた。その結果は、平均視聴率が30%に届かないという惨敗に終わった。

その後の朝ドラは一旦持ち直すものの、ここからジリジリと数字を下げていく、という低迷期が始まった。シングルマザーを描いた『私の青空』や、沖縄を舞台にした『ちゅらさん』などのヒットはあったものの、2003年に放送された『てるてる家族』以降、その視聴率は10%台が当たり前、という状態に落ち込んでしまったのだ。
 
これは、女性の生き方や考え方が多様化したことと無関係ではないだろう。その証拠にこの頃は、民放で放送されたドラマ『東京ラブストーリー』や『踊る大捜査線』、また昼ドラ『真珠夫人』や『牡丹と薔薇』が社会現象的大ヒットを記録している。朝ドラは、働く女性や主婦に寄り添おうとしていたものの、女性たちの求める“娯楽への欲望”に気づけていなかったのではないだろうか。


復活のきっかけはSNSの普及


そうして長く低視聴率に苦しんでいた朝ドラに、新しい風が吹き始めたのが2010年の『ゲゲゲの女房』の放送からだ。物語としては、漫画家・水木しげるの妻・布美枝が、国民的作家になっていく夫を健気に支える、というもので、朝ドラらしいものだった。その夫唱婦随ぶりが微笑ましかったこと、水木しげるを演じた向井理が女性層の支持を高く受けたこと、漫画やアニメ好きな人が新たな視聴者となったことなど、新規視聴者を獲得した要因はいくつかあるが、もっとも新しかったのは、『ゲゲゲの女房』を見た視聴者が、ドラマに出てくる登場人物の似顔絵を描いてインターネット上にアップし始めたことだ。その頃ちょうどTwitterがポピュラーになり始めていたこともあり、この現象はその後の朝ドラへも続いていく。

また朝ドラの直後に放送がスタートする情報番組『あさイチ』では、司会のV6・井ノ原快彦が、直前の朝ドラの感想を述べて視聴者と共有し合う、ということをするようになった。これは「朝ドラ受け」と呼ばれ、Twitterでは「朝ドラ受け」に反応してつぶやく人も増えるなど、その共有範囲が広がっていった。
 
こうして従来の朝ドラ視聴者とは違う層が増え、視聴率は回復。朝ドラは「一人でなく、みんなで楽しむ」という存在になっていく。その傾向が如実に現れたのが、『あまちゃん』だ。Twitterでの盛り上がりはもちろん、これまで朝ドラを取り上げることのなかった女性誌でも『あまちゃん』特集が組まれたほどで、以降は朝ドラの登場人物が表紙を飾ることも珍しくなくなった。私も『とと姉ちゃん』の放送時には、女性向け情報誌『Hanako』で「朝ドラは生活のマストアイテム。」というエッセイを書かせてもらった。映像専門誌や公式プレス、パンフレットの記事を書くことが主だった私に、オシャレな女性誌から依頼がきたことじたい、朝ドラの視聴者層の広がりを表していたと言えるだろう。


誰もが朝ドラを“共有”したがっている


家族で見ていた朝ドラは、SNSを介して、“志”を同じくする多くの人たちと楽しむ朝ドラへ変わっていった。その変化には、東日本大震災が大きく影響しているだろう。震災時、電話がつながらないときでもTwitterは機能していたし、今や災害時の安否情報を得るツールとして定着している。私も「揺れが怖い」とつぶやくと、たくさんの人から励ましのレスが入り助けられたものだ。
助け合いのツールであるTwitterは、やがて朝ドラを一緒に楽しむツールへと発展していった。同時に民放ドラマでも、朝ドラを比喩に説明するようなセリフが使われたり、朝ドラ内では実在人物をモデルとしたような人物が登場したり、また過去の朝ドラを踏襲したような設定が増えるなど、視聴者がその分析や推測、深読みなどを分かち合いたいネタが増えてきたこともあり、SNSにおける共有はますます広がりを見せていった。朝ドラも100作近くなり、伝統を守りつつ時代に合った新しい工夫を加味していったことで、もはや古典芸能の一つと言える立ち位置を確立していったのであろう。

こうして“みんなのもの”となった朝ドラ。そこに今求められているものは、視聴者が“自分が生きている時代との共通点”を見出せるか、自分と関係のある話題が描かれていると思えるか、自分の姿を重ね合わせたり共感できたりする話題があるか、である。
 

 

『みんなの朝ドラ』
木俣冬 著 講談社現代新書 ¥840(税別)

2010年代、朝ドラはなぜ復活したのか? その人気を徹底的に解き明かした一冊。『マッサン』、『ごちそうさん』、『あさが来た』、『花子とアン』など、ヒット作の数々を考察するとともに、スタッフの制作秘話も収録。果たして「朝ドラのルール」とは?