人との接触は“加減”を考えながらおこなうもの


ここで姫野さんは、先日自分が近所のスーパーマーケットで体験した出来事をもとに、このツイート非難の本質を説明してくれました。

「先日、いつものスーパーで買い物をしたんですが、お客さんが皆ポイントカードを持っているんですよ。あれ?と思ったら、親切な方が『正面入り口で配ってますよ、会計を済ませた後でもポイントをもらえますよ』と教えてくれて。私はその日、裏口から入ったのでポイントカードのことを知らなかったんですね。でも親切な人がわざわざ教えてくれた。ポイントが貯められたことより、そういう親切な人との接触じたいがとても嬉しかったんです。何ていうか、人ってそういうちょっとした“嬉しい”で生きているところが多いにあると思うんですよ。ましてや年頃の男女なら、その“嬉しい”が色恋に絡むものだったりする。男性から『かわいいね』と言われたことで、とてつもなく気持ちがアガるなど。40代や50代の主婦だって、ちょっとしたやり取りの中で『奥さん素敵ですね』とか言われたら、『あら♡』と嬉しくなって、『今日はいい日だったな』なんて思ったりしますよね。だから人はいつか死ぬのに生きている、と言っても過言ではないんじゃないでしょうか。Me too問題が起こって、『何でもかんでもセクハラって言われたら何も言えなくなるじゃないか!』と怒っている男性がいますが、人間は一人一人違うんだから、相手によって加減を考えながら接触していくのが当たり前。それを『東大狙いだったんだから女が悪い』とか『男は何も言っちゃいけないのか』と、答えを一つにしようとするのは違う。それなら“言っちゃいけないこと”リストでも作らなければいけません。みんな、そういった加減を考える頭の体力がなくなり過ぎているんじゃないでしょうか」

『彼女は頭が悪いから』の著者に聞く「誰しもが隠し持つ人間の闇」とは…?_img0
 

人と人とが接触する中で気をつけることは、リストにして教えてもらえるものではない。お互いの人生、お互いの関係性、お互いの価値観など様々な背景をもとに、加減を考える――。そんな当たり前のことを考える体力が失われてきている、姫野さんは作品を書きながらそう感じたそうです。

「スマートフォンて小さいから、そこに載る文章も、3行ぐらい読めば理解できるように書かれていますよね。一方で、長文を読むことって大変なもの。それまでの話を覚えておかなければならないし、行間も読み取らないと意味が分からなかったりしますから。だからこそ、人の気持ちや物事の背景を感じ取る力がつくんだと思うんです。ほら、いきなりフルマラソンを走ろうとしても無理じゃないですか。普段から走ってちょっとずつ距離を伸ばしていったり、ウェイトコントロールしたりと鍛えていないと。同じように、人との接触の加減を測る力も、日頃からの鍛錬が必要だと思うんです。もしスマホが禁止になって、ネットに載せる文章量も最低でも800字以上にしなさい、なんてルールができたら、その力も回復するかもしれませんね(笑)」

 短い情報でスピーディーに答えを得る。それはたしかに便利で、気持ち的にもスッキリできやすいもの。でもそれを続けていると、知らず知らず、何でも答えを一つだけに絞ってしまう癖がついてしまうかもしれません。今私たちは、誰もが被害女性を非難した人たちになり得る。この小説は、そんな警鐘を鳴らしてくれているのかもしれません。


インタビューでは姫野さんに、その頭の体力を取り戻す術についても伺いました。11月5日公開の後編記事で紹介しますので、お楽しみに!

『彼女は頭が悪いから』の著者に聞く「誰しもが隠し持つ人間の闇」とは…?_img1
 

<著書紹介>
『彼女は頭が悪いから』

姫野 カオルコ 著 ¥1750(税別) 文藝春秋

横浜市内の平凡な家庭に育った神立美咲は、ややぽっちゃり体型で劣等感が強い女の子。そんな美咲にできた人生初の彼氏は、東京大学理科Ⅰ類の学生・竹内つばさだった。しかし二人がそれぞれに持つ格差意識が、とんでもない事件を引き起こすことに……。2016年に実際に起こった東大生による強制わいせつ事件をもとに、誰もが持つ本質的な闇を浮き彫りにした衝撃的な作品。ぜひご一読を!

取材・文/山本奈緒子
構成/柳田啓輔(編集部)
 
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