革新的な技術やアイデアを持ったスタートアップを、大手企業とともに支援していくグローバル・ベンチャーキャピタル「Plug and Play Japan」「ブランド&リテール」をテーマにイベントを開催。そのなかから、ミモレ編集部もパネリストとして登壇したディスカッションの様子をレポートします。アナログからデジタルへの変革期に直面する壁、その中に異業種から飛び込んだトップたちだからこそ見える、リテールの未来とは?

左から、モデレーターの講談社・碓氷早矢手(ブランドビジネス推進部・部長)、川端里恵(「mi-mollet」・副編集長)、資生堂CSO留目真伸氏、メガネの田中CEOデイミアン・ホール氏。


この先の10年、100年をつくるための構造改革


創業100年を超える老舗企業の変革に挑戦している、「資生堂」CSOの留目真伸さんと「メガネの田中」CEOのデイミアン・ホールさん。そもそも異業種から現在の会社に移籍したきっかけ、そしてお二人に課されたミッションとは、具体的にどんなものなのでしょうか。

留目さん「もともとは(前職の)レノボとして、パソコンを資生堂に紹介しにいったんです。そのなかでグローバルやデジタルについても話しているうちに、僕自身に興味を持ってもらったという感じですね。なのでミッションはグローバルへの展開と、デジタルへの構造改革。現在、資生堂を含めて化粧品業界はおおむね好調ですが、メーカーとしてはまだしもリテールやウェブでみると、他分野で起きているようなデジタルへの変化は私たちの業界でもすでに始まっています。あと2、3年はもつとしても、この先の10年を考えれば大きな転換は必須。まずはそのステップづくりに取り組んでいるところですね」

レノボの“顔”だった留目さんの退任、そして資生堂移籍は、各業界でも大きなニュースに。

デイミアンさん「メガネ業界はこの10年ほどで大きな変革がありました。低価格、即日渡しといった明確な戦略を持った企業が参入して、他の小売店は新しいやり方を模索する状態。しかし前社長は『こういう時期こそ、次の100年のための大きな変化が必要』と考えて、それで私が呼ばれたんです。私自身はリテール未経験だったので不安もありましたが、大きな変化は大きなチャンスでもあるなと。またポテンシャルのある企業でのチャレンジには大きな魅力も感じて、引き受けることにしました」


デジタルへの転換の要は、一人ひとりの意識改革


「既存のものを変えることはどの分野でも容易ではないですが、それが伝統ある企業となると、なおさら苦労することも多いのでは」と講談社・碓氷からの指摘に対しては

留目さん「会社がうまくいっていなければ焦りもするだろうけれど、当面は困ってはいない、それも伝統ある企業となるとやはり難しさはあります。ただ状況はあっという間に変わるし、今の好調な状況がいつまでも続くわけではない。資生堂の製品はアジア各国でも人気ですが、とくにこれからの新興国の若者の間にはそれぞれ独自の多様性が生まれ、独自の発展をしていこうとしており、これまで先進国で通用してきたものと同様の考え方では捉えきれません。胡座をかいてはいられませんね」

今回のディスカッションには流暢な日本語で参加したデイミアンさんですが、入社当初は「日本へのカルチャーショックもあった」とか。

デイミアンさん「正直いって大変でした。メガネの田中はバブル時代には大幅に業績を伸ばした経験もあり、最初の頃によく聞かれたのは『前はよかった』という言葉。そんななかで新しいことを始めるには、まず過去と比べるのではなく、これからどうするかという発想にみんなのスイッチを切り替えることが重要でした。そして、変化は楽しいし、失敗はふつうだと。Perfection is enemy of progress.“失敗してもいい”という環境を作れれば、一人ひとりの意識も変わり、変化も進みやすいのではないでしょうか」


業種は違えど、デジタルへ移行する際の苦労はメディアも同じ。ミモレ編集部の川端は、マインドセットが編集者にとっても一番重要だったといいます。

雑誌の編集部からデジタルの担当に変わった当初は「ウェブは専門用語が多いので、最初は何を言っているかもわからなかった」とか。

川端「編集という役割のとらえ直しですね。これまでは、ファッション誌の編集者と言えば、美しいビジュアルを作ってキャッチコピーをつけて、流行を提案していればよかった。作って出したら終わり、だったんです。それがウェブでは、記事を出すとすぐに読者からのリアクションがあって、動向のすべてにログが取れるし対応もリアルタイムでできる。出してからのほうが仕事が多い、というのは初めての経験でした」


変革の中で目指す、これからのリテールのかたち


編集者に限らず、“役割のとらえ直し”はデジタルにかかわるすべての職種で必要なのかもしれません。それを企業単位でみるならば、それぞれが掲げる企業理念はどのように再定義されるのでしょう。

留目さん「資生堂のコーポレートメッセージである『一瞬も 一生も 美しく』、僕はこれ、とてもよくできていると思うんです。最近は情報があふれるなかで今日はオーガニック、明日はラグジュアリーといったように“個人の中での多様化”が進んでいて、企業はターゲットを明確に絞ることが難しくなってきています。ここで求められるのは、その時々のニーズに合わせて最適なソリューションを提案すること、ジョブとモーメントのとらえ直しです。資生堂は140年の歴史の中で過去にも先駆者としていろいろやってきた会社なので、モーメントに対してフレキシブルに答えを出していく力は持っていると思う。メッセージのなかにある『一瞬』を、今の時代に合わせてどう解釈するかが大事だと考えています」

デイミアンさん「私たちのミッションは『全てのお客様の人生をカラフルに』『見える驚き、見られる喜び』ですが、これから売りたいのはモノより体験。時間を費やすことが贅沢な時代に40〜50分とお店に滞在していただけるのはすごいことですし、そのためにも接客のイノベーションは更新し続けなければいけませんね。そしてお客様をより深く知るためのステップ、印象分析や肌色診断などは、私たちのお店ではすべてペーパーレスです。これならその場で決められなくても、データを持ち帰れば自宅でもバーチャルで選ぶなど、いろいろな展開が考えられる。インタラクションとしての人の力はまだまだ必要ですが、そこにデジタルをいい形で組み合わせれば最高の接客を提供できると思っています」

イベントが行われたのは、渋谷にある「Plug and Play Shibuya by 東急不動産」。Plug and PlayグローバルCEOも来日し、日本を代表する企業が多数参加しました。

デジタルへの加速度的な変化のなかで指標となるのは、今までと変わらない顧客第一の姿勢。また時代の潮流を乗り越えるためのカギはすでに自分たちの手の中にある、という意見には老舗ならではの自信もうかがえます。最後にはこんな“失敗談”も。

川端「ミモレには服のコーディネートを検索できるシステムがあるんですが、かなり細かく検索できるように作ったのに最初はなかなか使ってもらえなくて。その後、編集部員が選別してキャッチコピーをつけて提案、という形に変えたらずっと反応がよくなったんですが、これって私たちが今まで紙の雑誌でやってきたことと同じなんですよね。ツールや環境が変わることで自分たちの強みを見失ってしまうこともあるのかと実感しましたし、さまざまな変化の中でも結局は自分たちの強みはどこで、ほかよりできることは何か、というところに戻る気がしています」


パネルディスカッションのあとは、ブランド&リテールに関わるスタートアップ約10社のピッチや交流会も。ミモレも女性向けデジタルメディアのフロントランナーとして、今後もさまざまなイベントにも積極的に参加し、コンテンツづくりやサービスに生かしていく予定です。

構成・取材・文・撮影/山崎恵
撮影/柳田啓輔(編集部)