もう本当に長いこと口にしていないのに、生活の中で牛乳瓶やあげパンなどと不意に出合うと、一気に学校給食の楽しかった記憶が呼び覚まされます。好き嫌いが多かった友達に聞くと「給食は苦痛でしかなかった」という答えも返ってきますが、いずれにせよ、学校給食は大人になっても「食べる」という記憶の中に、ある一定の鮮烈さをもって横たわる体験だったよな、と思うのです。
韓国の全国日刊紙HANKYOREH・ハンギョレが発信した「ソウル市が、給食無償化。しかもオーガニックで」のニュース。学校給食の無償化は日本でも実現すべき優先課題だと思うのですが、それをオーガニックで実行するというインパクトはなかなかのものがありました。
・2021年からソウルのすべての小・中・高校で「オーガニック無償給食」が全面施行
・義務教育対象であっても財政問題で施行が保留されている国立・私立小学校と国際中学校43校の生徒たちも支援対象に含める方針
それにより、実施をするソウル市の朴元淳(パク・ウォンスン)市長は「オーガニック学校無償給食が施行されれば、3万9000人の生徒が給食費の受給申請をしなくとも良くなる。受給者の烙印を捺されることが恥ずかしくて申請しない生徒もいたが、ご飯を食べる時にも差別を受けずに友達と付き合えるよう、私たち社会が努力しなければならない」「生徒1人当り年間80万ウォン(約8万円)の給食費が節減され、家計負担もそれだけ減るだろう」と見通しています。
この動きは、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の存在が大きいとも言われています(ちなみに、パク市長は文在寅大統領と司法修習生同期)。政治的な見解はジャーナリストの方に譲りますが、「この政策は本当に素晴らしい!」と素直に拍手を送りたくなるニュースでした。
素晴らしいと思う点は、パク市長が会見で発信した理由の他にもたくさんあると思います。オイシックス・ラ・大地 藤田和芳取締役会長もTwitterで「隣の国でできることは、わが国でもできるはず。この決断は、韓国の農業にも大きな影響を及ぼすだろう」と発信したように、先進国の疲弊していく農業という産業に対するメッセージも大きい。品質の良いものをつくり、それ適正価格で安定的に市場に受け入れられることで農家の方々に計り知れない安心感を与えることができると思います。作物をつくる目的意識が変わり、モチベーションがグッと上がる農家の方も出てくるでしょう。
子供たちが自らを取り巻く生活環境を自らの心身をもって毎日体験させることができるのが学校給食。もちろん子供たちが栄養価の高い食事を摂ることで得られる効能は絶大ですし、食に関する知識を与え、健全な食生活を実践するための「食育」にもなる。「自分が口にする食べ物がどうやって作られて、どこからやってくるのか」を日々考えることで、何かを育ててみようとする探究心が生まれるかもしれないし、四季の巡りに思いを馳せられる感受性が養われるかもしれない。子供たちの「食べ物」に対する意識に計り知れない影響を与えるわけですから、地球が抱える食料不足への解決策を国民全員が等身大で考えられる土壌が作られることで、フードロス問題(地球ではまだ食べられる食べ物の3分の1が捨てられていると言われています)解決の糸口が見つかるかもしれない。そして、違う角度から見れば、膨張していくばかりの医療費削減の有効な策につながるかもしれない……
とにもかくにも、メリットばかりが浮かんでくるのです。
ソウル市は年間700億円という予算を捻出しなくてはなりません。決して容易な額ではないのだとは思いますが、やってやれないことはないのだということを隣国は示してくれました。
食べ物は生きている限りは人間誰しもが必要とするものです。だからこそ、生産や輸送、販売のあり方に小さな変化を起こせれば、劇的な効果を上げることができます。学校給食という「食べるという共通体験」を通して、子供たちにどんなメッセージを受け取って欲しいのかーー日本の学校給食問題も視座を高くもって、ぜひソウル市のような未来のある改革を進めてほしいな、と私は思います。
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