「シンガポールに出張に行くんだけど、会えたりしますか?」

そう連絡をくれ、あわただしいスケジュールの中で時間を見つけてきてくれる女性の先輩や女友達たち。彼女たちが身にまとう、ビジネスモードの空気が好きです。

組織で働く同世代女性の苦悩を取材し発信しはじめて、5年。最初の頃は、私も彼女たちと似たようなところに立っている組織人でした。それが今の私はそういう枠組みから離れ、一方友人や取材してきた女性たちは、30代半ばとなり、組織でキャリアを積み、しっかりポジションが付いてきている人がでてきています。私の見えない世界が見えてきているのだろうと感じます。

 

駐在妻としてシンガポールに来て間もないときは、日本で対面でしていた仕事が入らなくなり、ネットワークも新たに作らないといけなくなり、一種のアイデンティティクライシスに陥りました。「Dependant Pass」(帯同ビザ)という文字を見て、夫に従属した立場としてではなく、自分の赴任、自分の出張でここに来たかった、という気持ちもありました。

でも、そういう時期にこそ、自分が手に入れていないものを持っている同世代の女性には、積極的に会いたいと感じていました。自分が手に入れられなかったものだから、「違う世界の人たちだ」と思おうとするとか、「私には彼らが手に入れられなかったような自由な時間があるんだから」と分けて考えるというのも一つかと思いますが、むしろ、私の場合は彼女たちの目を借りて、自分が見えない世界を見ていたいと思っていました。

私は、取材する立場の人間として、彼女たちのキャリアアップしていく様子をしっかり見たいし、ぶつかる壁があったら一緒にそれを乗り越える方法を考えたい。それで、登れるところまで登ったら、そこから見える景色を教えてほしい。登れる道の辛さも教えてほしい。そのときまで、近くにいさせてもらえるような努力をしよう、と思っています。

出張でシンガポールを訪れる友人たちに、久しぶりに日本のビジネスシーンが今どうなっているのかを聞くと、自分が息を吹き返すような気がします。海外にいる立場からこちらが思っていることが、相手に何か新鮮な情報となることもあります。お互いの悩みを打ち明けて話し合って、またそれぞれの場所に帰っていく。そういう関係性をありがたく感じ、大事にしたいなと思っています。

自分が競争したり、比べられたりする遡上にないから、純粋に応援できる境地にあるのかもしれません。と言って、凄いなぁ、私にはできない……ではなく、私は私の場所で頑張ろう。

 

インターネット、SNSで、個人が発信することがどんどん簡単になり、記者が取材をしなくても、専門家や実務家が直接発信できる時代になっています。私の仕事は、取材すること、書くことにコアがあり、実務があってそこから湧き出てくる知識ではない。多くの人は目的は別で、手段が発信だったりするわけですが、私の場合は発信そのものが強みであり仕事であり一部の目的でもある。

専門家に比べても実務家と比べても圧倒的に弱いと思います。でもだからこそ、自分のような立場でしか書けないものを書く、自分にしかできない仕事をする、そうして評価してもらうべく、日々精進。最近34歳になったのですが、抱負は、「焦らない、しかし着実に駒を前に進める」。そうありたいと思います。