刀剣男士が紅白歌合戦に出場――このニュースをネットで見たとき、大袈裟ではなく、1回息が止まった。あの刀剣男士が日本一の国民的番組に……? この激震、そもそも『刀剣乱舞』というコンテンツをご存じない方からするとさっぱり何のこっちゃわからないと思いますが、例えるならアームストロング船長が月面着陸した以来の衝撃。嘘、ちょっと言いすぎた。でも、(ドラゴンボールZの)初登場でトランクスがいきなりフリーザをぶった切ったくらいのインパクトはあった。今までの世界が完全にひっくり返った感じ。

ご存じない方にご説明すると、刀剣男士とはゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』に登場するキャラクターたちの総称。名だたる刀剣が戦士の姿になったもので、これを収集・育成するのがゲームの趣旨なのですが、今やゲームの枠にとどまらず、アニメ化など様々なメディアミックスを展開。中でも人気を集めているのが、若手俳優たちが刀剣男士を演じるミュージカル『刀剣乱舞』(通称『刀ミュ』)なのです。今回は、その『刀ミュ』に登場する刀剣男士たちが、劇中のキャラクターとして紅白歌合戦に“出陣”するということで、オタクたちにとって2018年12月31日は新たな歴史の幕開けを告げるインデペンデンス・デイ。

 

そもそもこの『刀ミュ』を筆頭に、今、演劇の世界では漫画・アニメやゲームを原作とした2.5次元舞台が大人気。「2.5次元って何?」「漫画原作のドラマや映画とは何が違うの?」というギモンにお答えするならば、簡単に言うと「原作の世界を出来る限り忠実に再現することに重きを置いている」ことが大きな違い。

人気コミックが実写化されるたびに賛否両論が巻き起こるこのご時世。原作のイメージと全然違う俳優をキャスティングしたり、なぜか女性キャストを投入して無理矢理恋愛要素を追加したり、「本当に原作ちゃんと読んだのか?」というワケのわからない改変がしばしば起きるナイトメア。漫画ファンとしては自分の青春のバイブルが、いつ実写化されるか気が気でなかったりするでしょう。もちろんそこにはつくり手なりの信念があるわけで、一概に否定はしませんが、一方でちゃんと原作通りにやってくれというのも偽らざるファンの本音。その需要を満たしてくれるのが、2.5次元舞台です。

そこはまず一にも二にも再現度がモノを言う世界。髪型から衣装までビジュアルを完全再現するのは当たり前。俳優たちは入念に役を研究し、台詞回しから身のこなしまで、そのキャラクターらしさを徹底追求します。つまりファンにとっては「こよなく愛した2次元の世界が、そのまま3次元となって目の前に現れた」究極のエンターテイメント。終演後は、謎の幸福感で胸がいっぱい。ソチ五輪でフリーを滑り終えた浅田真央ちゃんみたいになってる。

特にこの『刀ミュ』は、原作からして眉目秀麗の美男子揃い。それも甘えん坊だったりツンデレだったり究極のマイペースだったり、見た目も内面もカブリなしの個性派揃いだから、確実に誰かしらがハマる要素がある。それをこれまた美麗な若手俳優たちが真摯に演じてくれるので、もうそこは地上最後の楽園。どんなもんじゃい、と思う方はひとまず「崎山つばさ」で画像検索して顔面の良さをご堪能ください。

ストーリー的にも、「歴史改変を目論む歴史修正主義者を阻止すべく刀剣男士が戦う」というシンプルなものなので入りやすく、それでいて歌や殺陣など華やかな見せ場もあるので観劇ビギナーの方々も飽きない構成。幕が下りる頃には、またこの世に新しい沼住民が出来上がっている……というオタク殺しの隙のなさ。こんな完璧な勧誘テクニック、進研ゼミの漫画以来です。

とにもかくにも年末の紅白歌合戦は刀剣男士にご注目ください。最初は「何これ、コスプレ?」なんて思っていた人も、気づいたら来年の公演のチケット状況をチェックしている。そんな年の瀬が日本各地に訪れるはず。

●ミュージカル『刀剣乱舞』真剣乱舞祭20182018年11月24日~12月16日まで
公式HP:https://musical-toukenranbu.jp/pages/shinkenranbusai2018

 

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。