日を追うごとに長くなる入館待ちの行列で話題のムンク展(@上野・東京都美術館)。目玉はもちろん、誰もが知る《叫び》ですが、その一方で、世にも恐ろしい自画像が密かな注目を集めています。考えてみると、西洋絵画には「へんな自画像」がいっぱいです。どうしてでしょうか? 評論家の山田五郎氏の著書『へんな西洋絵画』を紐解きつつ、その答えを探ってみました。
 

① 自分が好き過ぎて「へん」になる


どこから見ても「イケメン」です。タイトルは《絶望する男(自画像)》。作者のクールベは、19世紀フランスでリアリズムの旗手として活躍した画家なので、自画像でもリアルに徹したはずです。
『へんな西洋絵画』によると、クールベは「母も妹も美人で知られていた」そうなので、イケメンが事実なのは仕方ないとしても、この絵を見て私たち日本人が感じるのは、「絶望」というよりも、「この人、相当な自分好きだよね」という感想ではないでしょうか? 
けれども、クールベは翌年もさらにナルシスティックな自画像を描いて官展初入選を果たしたそうなので、暑苦しいほどの自意識から日本人の目には「へんな自画像」と思える作品も、西洋社会ではごく普通に受け入られるということなのでしょう。

▲ギュスターヴ・クールベ《絶望する男(自画像)》1843年頃 24歳のクールベ。何年か前にパリのグラン・パレで開かれたクールベ展では、この作品がポスターになっていました。それほど、クールベらしい作品です。

 

②ムンク展で話題! 怖過ぎて「へんな自画像」


開催中のムンク展で「怖い」と話題なのがこの作品。その名も《地獄の自画像》。確かに怖いです。『へんな西洋絵画』によれば、「恋人と別れ話がもつれて刃傷沙汰になり、左手中指の一部を失った翌年に描いた自画像」。その恋人とは、裕福なワイン商の令嬢で、嫌がるムンクに結婚を迫って話がもつれたのだそうです。そのことを知って改めてこの絵を見てみると、そこまで結婚を嫌がったムンクの心の闇が怖いです。
ムンクの代表作のほとんどは、彼が心を病んでいた時代に描かれたもの。自分の中にある「不安と病気」を見つめ続け、「へんな自画像」をたくさん描いた画家だったのです。ちなみに《叫び》も一種の自画像です。

▲エドヴァルド・ムンク《地獄の自画像》1903年 ムンクともめた恋人は、無名時代のムンクを経済的にも支えていたとかで、それを知ると、そこまで結婚を拒まれた彼女に同情します。

 

③西洋絵画らしくなくて、逆に「へんな自画像」


とにかく自意識が強いところに西洋絵画らしさが感じられるクールベやムンクの自画像と一線を画するのが、20世紀フランスの画家ボナールのこの作品です。ボナールはこの時78歳。ヌードを描き続けた愛妻を3年前に亡くしたやもめ暮らし。そのしょぼくれた風情が哀れを誘います。
ボナールは日本がとにかく大好きで、西洋絵画らしい立体感や写実性を捨てて、浮世絵のような装飾性を追求した画家。人柄はシャイで謙虚だったと言いますから、内面的にも、日本人に通じるものがあったのでしょう。それが、枯れることに美学を感じさせる日本の禅画に通ずるような、西洋絵画的に「へんな自画像」として結実したのでしょう。『へんな西洋絵画』には、「ニッポンの諸行無常のココロです」というぴったりの見出しが付いていました。

▲ピエール・ボナール《自画像》1945年 愛妻マルトの入浴姿ばかり描いていたボナール。妻の死後に描かれたこの自画像もバスルームで描かれました。相当なお風呂好きです。
 

『へんな西洋絵画』

著者 山田 五郎 1900円(税抜)講談社

博覧強記の評論家・山田五郎が提案する新しい西洋美術鑑賞法! 誰もが知るあの傑作から、知る人ぞ知る名画まで120点を掲載。「へん」をキーワードに西洋絵画の真髄を探る、これまでにない一冊です。

『へんな西洋絵画』のほか、料理、美容、健康、ファッション情報など講談社くらしの本からの記事はこちらからも読むことができます。
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構成/久保恵子

 

出典元/https://kurashinohon.jp/840.html