こんにちは。ミモレの川端です。
世界中のミステリーファンから注目を集める「北欧ミステリー」。日本でも何年かに一度「北欧ミステリーがブーム」と書評誌の特集や書店フェアが組まれたりするものの、邦訳作品はなかなか増えていないのが現実です。その理由はいくつかあって後述しますが、なにより売れないことには、翻訳されない……というわけで、北欧ミステリーを楽しむ人が一人で多く増えてもらえたらと、その魅力とおすすめ本をご紹介したいと思います。
名探偵から警察小説へ
「刑事マルティン・ベック」の革命
北欧ミステリーの元祖といえば、このブログでも何度かご紹介している「刑事マルティン・ベック」シリーズ! 先ずはここから。

『消えた消防車』の訳者のあとがきで知ったのですが、1960年代まで、こういった犯人探しをメインとした小説は「探偵小説」と呼ばれていたんですね。エドガー・アラン・ポーの作品もそうですし、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ(1887〜1927年)、アガサ・クリスティのエルキュール・ポワロ(1920〜1975年)始め、犯人を見つける主人公は「名探偵」でした。
マルティン・ベックシリーズは、警察の捜査官を主人公にしたこと、警察内部を描き、個性的な仲間たちが登場する群像劇である点などが画期的だったというわけなのです。今でこそよくある設定ですが、ベックは天才タイプではなく、家庭もいろいろあったりで悩み多き中年。仲間たちと地道な調査で犯人に迫っていきます。50年前とは思えない今読んでもぜんぜん古臭さを感じず、むしろ新鮮です!
これまで、英語版から日本語の翻訳(重訳版)しかなかったのが、2013年よりスウェーデン文学翻訳家・柳沢由実子さんによるスウェーデン語から直接訳した新版が1年に1作品、10作連続で出る!ということでコツコツと買い揃えておりました。が、なんと5作目の『消えた消防車』で「シリーズの新訳版の刊行は終了」。がーん!!まだあと5作あるのにぃ(涙)。

英、仏、独、伊の言語に比べて、北欧の言語の日本の翻訳家の数が限られているため、北欧ミステリーは重訳版が多いんですね。重訳版が悪いというわけではないのですが、どの言語版から邦訳されたかによって、原作とはニュアンスが異なる部分が出てくるのは否めません。
北欧ミステリーとは、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、デンマーク、アイスランドの5か国のミステリーのことを言います。それぞれのお国柄があり、ひとくくりにできるものでもないですね。
訳出の正確さはもちろん、エンターテイメント性と読みやすさ、その国独特の文化や背景を説明的になりすぎず織り込んで・・・と、翻訳者って大変な職業だなあと思います。
手加減なしの残酷描写
「北欧ノワール」を堪能する『湿地』
私がマルティン・ベックシリーズにハマったのは、柳沢由美子さんの訳出の素晴らしさによるところが大きい! 柳沢さん訳の作品ならすっと入り込めるに違いないと、次に手を伸ばしたのがアーナルデュル・インドリダソンの『湿地』。

性暴力の描写がリアルで読むのがとても苦しい。残酷なシーンの描写の“手加減のなさ”は北欧ミステリーの特徴のひとつだと感じています。次作の『緑衣の女』もDVとレイプの描写が生々しいのですが、その理由と作者の思いは、訳者のあとがきに詳しく書かれているのでぜひ読んでいただきたいです。ちなみにこの作品は、原作はアイスランド語で、そのスウェーデン語版を柳沢さんが邦訳したそうです。
『湿地』のタイトル通り、暗くジメジメとした雰囲気が作品全体に漂っていますが、陰気臭いわけではなく、次々と明らかになっていく老人と関係者たちの過去、刑事たちの会話などがテンポよく、とても読みやすいんです。主人公の捜査官と娘との関係性など、犯罪捜査以外のエピソードもいい感じ。ぐいぐい引き込まれていきます。
シリーズの邦訳化を切望する女性捜査官ミアのサイコスリラー

鷲のタトゥーの男、怪しい宗教団体・・・キーワードだけ見たら映画化しても絶対観ないわ〜というタイプ(笑)なのですが。最後まで読ませる魅力は、主人公の女性捜査官ミア・クリューゲルにあります。過去のある事件で犯人を射殺したことにより、上司は左遷、ミアも職を離れ、家族のトラウマなどから精神的にも不安定な日々を送っています。そんな時に、少女の事件が起こり、左遷された元上司ムンクの頼みもあって事件捜査の現場に復帰します。
ミアとムンクのバディものと読むこともできますし、「検屍官ケイ・スカーペッタ」シリーズを彷彿とさせるような、切れ者かつ勇敢だけど脆さもある女性捜査官の活躍とトラウマからの立ち直りを見守る楽しみがあります。
サムエル・ビョルクの小説は、こちらが日本初訳出。本国ではシリーズもののようなのでミア捜査官の2作目以降の翻訳版が待たれます!
フィンランドのヘイトクライムをアメリカ人が描く『極夜―カーモス』
北欧というと高度に発達した社会福祉制度、男女平等、充実した教育制度など理想の国家の印象がありました。しかし、北欧ミステリーの多くは、補助金の不正受給や移民問題、性犯罪や家庭内の犯罪(DVや虐待など)をテーマにしており、そういった社会問題の多さや深刻さが伺えます。


この作品に奥行きを与えているのは、主人公の警察署長カリの奥さんがアメリカ人であること。結婚してフィンランドに移り住み、スキーリゾートのホテルを運営しているキャリアウーマンなのですが、外国人妻だから感じるフィンランド人の嫌なところをちょこちょこ指摘します。寡黙なフィンランド人は「何を考えてるかわからない」とか。
この作者はアメリカ生まれで、奥さんとともにフィンランドに移り住んだそう。その感覚を生かした“カルチャーショック”が挟み込まれるのが興味深いです。
「ミレニアム」シリーズ(スウェーデン)や「特捜部Q」シリーズ(デンマーク)など、世界的に人気の北欧ミステリーはいくつもありますが、フィンランドの作品はまだまだ翻訳版の出版が少ないそうです。
カリ警察署長のシリーズが続いてくれるといいです。奥さんもだんだんフィンランドに慣れてきちゃうんじゃないかしら!
北欧熱が冷めやらず。長くなってしまいました。
翻訳もののキャッチアップは、「翻訳ミステリー大賞シンジゲート」というサイトを参考にしています。杉江松恋さん始め、翻訳もの好きな書評家さんや翻訳家さんの着眼点やオススメ本を知ることができます。
2018年ベストブックはまた次回に!
みなさん、良い年末を〜。
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