さてさて、「ピエール瀧」問題。
4月の頭に取材する予定だった私は、第一報に「わあああ」と驚き、すぐに編集者に連絡したりなんかしたわけですが、最初にして今も最大の思いは「がっかり」です。責任とれ!とか犯罪者!みたいに非難したり石を投げたりしたいというよりも、なんでそんなことに手を染めちゃったのか、という。

それはピエール瀧(そしてもしかしたら新井浩文)個人に対する、「“犯罪者ばっかり演じているけど、根はいい人”と思っていたのに裏切られた」みたいなこととはちょっと違って、私自身の中にある「人を見た目や属性で判断したらあかん」という信条みたいなものに対する反証が、またひとつ……みたいな感じとでもいいましょうか。

 

いやいや、もちろん人は他人を見た目で判断するものです。人間に入ってくる情報はその8~9割が視覚からと言われていますから、それは当然のこと。でも「ある見た目」が喚起する考えは、必ずしもひとつではありません。世の中には、「美人」を見て「顔が美しい人は心も美しい」と思う人もいれば「何でも許されると思ってるイヤな女」と思う人もいる。「ムキムキな筋肉」を見て、「ストイック」と判断する人もいれば「筋肉バカ」と思う人もいますね。

今度の事件で感じた「がっかり」はそういう「見た目で判断」ではなく、むしろ「まんま」を信じる回路といっていいかもしれません。「犯罪者ばっかり演じてる(怖い見た目)→やっぱり犯罪者」「ミュージシャン→ドラッグやってる」みたいな、見た目がわかりやすい記号であることを「やっぱりそうじゃん」と裏付けている感じーーつまりは思考停止が促進されちゃうような状況に、私はがっくりきたのでした。

こういう事態を軽々しく考えてはいけません。「イカつい顔だし、たぶん悪党」「チビだからチョロい(ここに含まれる私……)」「巨乳だから頭からっぽ」みたいな判断をひっくり返せば、「そんな有名なジャーナリストがレイプなんてするはずない」とか「キチンとした身なりで感じのいい人だったから、1000万預けてしまった」になるわけで、それ結構問題だと思います。


「作品封印」問題、新井浩文のケースとの違い


さて今回のことで大紛糾しているのは、彼が関わった作品の自粛問題です。「ドラッグやってたヤツが出てる作品なんてけしからん!」という、これまた思考停止なクレームです。特に新井浩文の件と比べてこの件の判断が難しいのは、直接的な被害者がいないこと。そして新井浩文に比べて、映画などで演じる役のウェイトが大きくないこと。そして、映画、ドラマ、音楽など、参加している作品が多岐にわたりすぎていることの三点です。

 

もちろん薬物は絶対にダメということを前提に、私個人の判断を言えば。
被害者がいないにしても、誰もが無料で何の気なしに見られるテレビ関係(ドラマ、バラエティ、CM)はなし。

映画は撮り直しが可能ならそれが一番。でなければ公開延期。これは作品のために。というのも今はあまりにこの話題がホットすぎて、善人を演じていても悪人を演じていても、役と個人を切り離してみることができないからです。でも状況としてそれが許さないこともありましょう。その場合、彼の主演作でないのなら、映画はお金を払って劇場で観るものですから、公開もアリなのかなと思います。

3ヶ月先まで撮影されているという大河ドラマとか、ここで公開できなければお蔵入りになりかねない『麻雀放浪記2020』(4月5日公開を決定)とか、個別の事情もありましょう。たくさんの人の生活が懸かっているのだから、そこは誠意をもって説明すれば世間だって鬼じゃないーーと私は思いたい。基準を作ったほうがという人もいるようですが、作品の種類、関わり方の度合い、犯罪の種類、社会的影響の大きさなどなど、一律の基準を設けるのは正直難しい。議論をしていろんな意見を聞いて、最終的にはそこに関わった人が決断する。それによって非難を浴びることも、作品がヒットしないのも、彼らが甘んじて引き受けることになるのですから。


「やる」より「やめる」ほうが楽


そんな中で、旧作の映画やドラマと音楽配信の自粛や、CD回収が始まったことには、なんかちょっとやりすぎのような……。配信っていろんなパターンがあるので一概には言いにくいのですが、これも基本的に個別にお金払うものだしなあ。朝ドラだ大河だとNHKの番組にバンバン出ていた好感度の高い俳優さんがドラッグで逮捕された、その衝撃になかばヒステリックに反応する一般の人々やテレビマスコミに煽られ、ウチも配信&販売停止にしたほうが……みたいな感じもしないではありません。

ただ一つ言えるのは、こういう時は「やる」より「やめる」ほうがずっと楽だということです。それは『麻雀放浪記2020』の会見のニュースを見てもわかります。「やめる」を選べば、その結論にこういった経緯とか理由に説明を求められることもないし、へんてこなクレームつけてくる人に対応する手間も省けます。ありていに言えば「いろいろ面倒くさいし、やめとこう」、触らぬ神に祟りなしといったところでしょうか。

ここにもまた、いかにも日本的な「事なかれ主義」の思考停止を、私は感じます。こういう時にこそ、企業の思想が出るんじゃないかなあ、とも。配信停止とか販売休止とかにするくらいなら、その分の売り上げを「麻薬撲滅運動」に寄付とか、そういうアイディアだって出てもいいのでは?


その昔、ウソかホントか、アメリカの電子レンジの仕様書に「電子レンジに猫を入れないでください」という言葉があると聞き、アホか!と思ったことがあります。どこのどいつが電子レンジでネコをチンするんだよ、考えたらわかるだろ!と思ったのですが、アメリカ在住の友人から「書かないと“やるなと書いていなかった”というクレームがある」と聞き、ぶったまげました。アメリカ人ってバカかしら……とその時は思ったのですが、「思考停止のクレームと、クレームに対する思考停止」は、今の日本もなかなかどうして、負けていません。
思考停止した人は、詐欺師とか独裁者といった悪党のカモになりやすいと私は常々思っているのですが、かの国の大統領はトランプさんですから、意外とリアルな線ではないかしら。日本人が「電子レンジにネコを入れる日」も、そう遠くはないのかもしれません。