はじめは「賢い」「知恵がある」ことをネガティブに捉えるのを非常に気持ち悪く聞いていました。しかし性善説でメイドを雇い、その結果、盗みや嘘、借金をした上に国外に逃げられてしまうなどの仕打ちに遭って泣きを見ている雇用主を見ると、「気を付けろ」と言いたくなるのもわかるかも……と、自分自身もその言説に巻き込まれていってしまうのです。もちろん、すごくいい人もいる。フィリピン人だからどうというのは、ナンセンス。そうはわかっていても……。
社会学者の上野加代子氏は、著書『国境を越えるアジアの家事労働者―女性たちの生活戦略』でこうした様相を、次のように分析しています。
“家事労働者は、自分を他の家事労働者から差異化しようとする。(中略)エージェンシーは、フィリピン女性は賢く、英語の言語表現が得意で、責任感があり、それゆえ賃金も高く、最低月に1度の休日も必要である、と売り込む。他方、インドネシア女性は素朴で働きものであり、雇用主に従順で、低賃金で休日なしに働くことを厭わない、といった説明がなされている。”
(※著者注:現在は、週1日の休日を設けることが雇用主の義務になっている)
こうしたエージェントの売り込みが、家事労働者同士を敵対するような立場にし、彼女たちはお互いに「私はあの人たちとは違う」といって、他者を貶める――。フィリピン人とインドネシア人はお互いの悪口を言い、またフィリピン人は自国内での出身地域によってもこのアイデンティティ・ポリティクスを展開する……というわけです。
上野氏の書籍は、これらの行動が、弱い立場に置かれた家事労働者側の抵抗運動だったりサバイバル術であったりもすることを説明しています。しかし実際にこうした言説が広がってしまうとお互いを不信の均衡に陥らせることになり、誰も幸せにしないようにも思えます。
偏見が実際に害悪をもたらすことを防ぐためには、①個人の中の偏見を取り除くことが難しくても、それが判断や行動に反映されるのを抑制する、②偏見自体を是正していくという2点が考えられます。それぞれに理論があるのですが、上記のように偏見が作られるメカニズムを理解しておくことも、偏見に思考を奪われてしまわないための一歩になるのではないでしょうか。
参考文献:
北村英哉・唐沢穣編『偏見や差別はなぜ起こる?』
上野加代子『国境を越えるアジアの家事労働者―女性たちの生活戦略』
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