偶然出会ったマモルと恋に落ちて以来、テルコの生活はすべてがマモル中心。朝から晩まで電話を待ち、かかってくれば何があろうと駆けつけて、マモル以外のことは、他人も世の中も、自分さえもどうでもいいと思うほど――直木賞作家・角田光代さんの同名小説を映画化した『愛がなんだ』が描くのは、切なくもどこか狂気を帯びた片思いです。
主人公テルコに思われるマモルを、繊細な感情の機微とともに演じるのは、映画への出演が相次ぐ成田凌さん。テルコの思いを知りながら自分の都合で翻弄する“最低男”でありながら、思いを寄せる別の女性に寂しく翻弄されるその姿は、実はテルコ以上にこの映画のテーマを体現する存在と言えるかもしれません。そこに浮かび上がってくるのは、誰もが経験したことのある恋心の不条理。成田さんがマモルに感じた「無意識」の罪が、どうやらそれをよみとくキーワードといえるかもしれません。
成田凌 1993年生まれ。埼玉県出身。男性ファッション雑誌「MEN’S NON-NO」のモデルオーディションに合格し、2013年より専属モデルに。翌2014年ドラマ「FLASH BACK」で俳優デビューを果たし、映画『飛べないコトリとメリーゴーランド』(2015)で映画初出演。大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(2016)、「コード・ブルー‐ドクターヘリ緊急救命‐3rd season」(2017)などに出演。2018年も『ニワトリ★スター』、『ここは退屈迎えに来て』、『ビブリア古書堂の事件手帖』、『スマホを落としただけなのに』など公開作多数。2019年も『チワワちゃん』、『翔んで埼玉』が公開に。さらに『さよならくちびる』、『カツベン!』などが待機する。
あなたがそんなだから、男は知らず知らずにつけあがる
「最初に脚本を読んだ時は何の違和感も覚えず、妙にすんなり読めちゃったんですよね。今度はもう少し客観的に読んでみたんです。それで思ったのは、マモルの言動について、どこまでが意識的でどこまでが無意識なのかなと。よくよく読めばマモルはいわゆる“いい人間”なわけじゃない。これは絶対に楽しいと思いました。演じるときには、悪ければ悪いほど面白いので」
まずはマモルの「悪さ」を探し理解して、演じる時にはその一切を忘れる――つまり成田さんが演じるマモルの言動は、はたから見ればひどいものでも、そこに悪意はほとんどありません。
「僕が勝手にやってたのは、例えば並んで歩いてもいつもテルちゃんを車道側に歩かせるとか。この人モテないだろうなって思いますよね。タクシーも必ず先に捕まえて乗っちゃうし、一緒に飲んでても自分の話ばっかり、その上どこか褒められたい。自分中心で動いているから、無意識のゾーンが多いんだと思います」
もしかしたらマモルがそうなってしまうのは、テルコにも責任があるのかもしれません。例えば。物語の冒頭、風邪を引いて寝込んだマモルは、テルコを呼び出して夕食を作らせると、部屋の掃除を始めた彼女を「そろそろ帰って」と真夜中の町に放り出します。テルコの親友・葉子も「あんたがそうだから男がつけあがる!」と憤りますが、「マモちゃんは悪くない、私がやりたくてやっただけ」とまったく悪びれません。
こんなこともありました。なぜか連日電話をかけてきたマモルの部屋で、なんとなく始まった半同棲生活。二人用の土鍋を買い、マモルの下着の洗濯をして、新婚気分のテルコは、「ビール買っとけばよかった……」というマモルの何気ない呟きに、ついでなんかないのに「ついでだから」と夜中のコンビニに向かいます。
「引き出しの下着を見て、自分のテリトリーを侵されたような気持ちになってイラっとする。でもそのまま怒りをぶつけるようなタイプじゃないし、なんかテルちゃんが憐れに思えてくるんですよね。テルちゃんもマモルの表情でそれに気づく。彼女が出て行った後に土鍋を見つけて、さらにやりきれない気持ちになるんです」
翌朝、マモルはテルコに再び「帰って」と告げ、テルコの気持ちに冷や水をジャバーン!と浴びせます。でも、成田さんは言います。
「パっと見はマモルのほうが悪く見えるけど、実はテルちゃんのほうがヤバいんですよね。ちょっとホラーのような」
「単なる嫌なヤツ」にならないよう、丁寧に表現した感情
テルコのホラー的要素は――とりあえずは、さておき。
昨今のラブストーリーは「好き→気持ちの確認→ハッピーエンド」という流れが主流ですが、この作品が描くのはそれとは異なる“モヤモヤ系恋愛もの”。自分が思う相手に、同じ分量で愛されるキャラクターが誰一人いません。この手の恋愛ものを多く手がける今泉力哉監督と成田さんの付き合いは、成田さんが俳優として活動し始めたころに参加したワークショップに始まります。
「今泉監督のワークショップがすごく楽しくて、当時から物事の考え方や芝居のアプローチの仕方に勝手ながら共感する部分が多いなと思っていました」
そうした意思疎通ゆえに出来上がった作品、テルコとマモルの関係を描くエピソードで、成田さんが浮かべる複雑な表情はリアルに胸に迫ります。どの作品でも「全部の場面の感情を細かく作る」という成田さんですが、気持ちを説明するセリフが少ない――というより説明できない気持ちが多い今回の作品では、特に丁寧に作っていったと言います。
「マモルがただのイヤな人間になってしまったらダメだと思ったんです。いい具合の“なんか憎めないヤツ”にするために、どこらへんで帳尻を合わすのがいいのか。細部を雑に演じてひとつでも間違えば、気づいたときには意図したものと大きくかけ離れしまうと思って。確かにマモルは人好きするタイプじゃない。相手にイラっとすれば、それが言葉や行動としてその場で出てしまうことも多い。でもそれはキャパが小さくて、いろんなことに気が回らないからで、無意識なんです。そこがテルちゃんと違うところだと思います」
もしも恋が、「相手に同化したい」という気持ちならば。
“ホラーなテルコ”に話を戻しましょう。
まだ付き合ってすらいないのに、テルコの生活はすべてマモルが中心。マモルを中心にするために、仕事すら失います。でもそうした状況に、たいした悲哀も覚えていません。くじけず、怒らず、恨まず、落ち込まず、まったくもって根に持たず、「私はマモちゃんになりたい」という独特の恋心を抱いています。そんなテルコの気持ちが、もう一人の女性――マモルが恋に落ちた、すみれの登場で、少々揺れ始めます。
「人間って誰でも相手によって言動が違うときもあると思います。テルちゃんに対するときのマモルの態度は、片手間というか、携帯いじりながらテレビ見るみたいな感覚です。マモルにはどこかに“テルちゃんだったら許してくれる”っていう甘えがあるから。でもすみれさんは、マモルの気持ちを薄々知りながら、見向きもしない。マモルは彼女に全然相手にされてないのにずっとくっついて、愛想笑いを浮かべてるんです。あれには心が痛みますよね」
踏み込んでくるテルコにイラつきながら、それでも自分から連絡してくる理由――マモルの寂しさが、すみれの存在によって浮き彫りになってゆきます。マモルは物語の中で唯一、誰かに強く思われると同時に、誰かを強く思うキャラクターなのですが、成田さんがいうように自己中心的で「無意識」なマモルは、他人の心中を慮る発想がない。つまりマモルはテルコになることなんてできません。
物語は同時に、「マモルみたいな男はやめな」とテルコに言い続けてきた親友・葉子と、彼女が「片手間」に付き合う年下男ナカハラの関係を描き、すべての恋心の不条理を浮き彫りにしてゆきます。
「でも他人のそういう状況には何か感じても、みんな自分の状況には目が向かない。マモルを悪く言う葉子さんは、ナカハラ君に対してマモルみたいなことをしてるし、マモルはすみれさんに対して感じる寂しさを、テルちゃんが自分に感じてるとは思ってもいない。テルちゃんなんて、反省なんて一切しないで、同じことを繰り返す。男からしたらホラーみたいに思えるほど。みんながそういう鈍感さで行動しながら、世界は動いているんでしょうね」
<映画紹介>
『愛がなんだ』
角田光代のみずみずしくも濃密な片思い小説『愛がなんだ』を、“正解のない恋の形”を模索し続ける恋愛映画の旗手、今泉力哉監督が見事に映画化。
“一向に振り向いてくれない男性”マモルを全力疾走で追いかける平凡な OL・テルコを演じるのは岸井ゆきの。NHK 連続テレビ小説「まんぷく」の香田タカ役も高い評価を受け、人急上昇中。テルコが一方的に想いを寄せるマモル役を演じるのが成田凌。さらに、年上の女性・すみれ役を江口のりこが務めるほか、深川麻衣、若葉達也、片岡礼子、筒井真理子など、実力派キャストが集結。
4月19日(金)よりテアトル新宿ほか、全国ロードショー。
原作:角田光代「愛がなんだ」(角川文庫刊)
監督:今泉力哉
出演:岸井ゆきの 成田凌 深川麻衣 若葉竜也 片岡礼子 筒井真理子 /江口のりこ
配給:エレファントハウス (C) 2019 映画「愛がなんだ」製作委員会
撮影/塚田亮平
スタイリスト/伊藤省吾 (sitor)
ヘアメイク/宮本愛(yosine.)
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)
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