台湾がLGBT人権先進国と言われる理由


いっぽうで、いまの日本社会では、カミングアウトはまだリスクが大きいと言わざるをえない。僕の暮らす台湾は、LGBT人権先進国だと言われていて、都市部においてはカミングアウトしているひとも多くいる。同性同士で手をつないで歩いているひとたちもたくさん見かけることができる。

僕は、台湾のこうした環境の背景のひとつに、労働市場の高い流動性があると考えている。

台湾では、転職が一般的で、ひとつの会社に2、3年いてキャリアを重ねたら、今度は別の会社へ……というのが一般的だ。それは、転職にかかる機会費用が安い、ということを意味する。そういう環境においては、カミングアウトや不本意なアウティングによって自らの性的指向が露見してしまい、職場に居づらくなってしまったとしても、比較的気軽に転職という選択をすることができる。

日本の労働市場も、いまではかなり流動化してきたとはいえ、やはり終身雇用の信仰はまだまだ根強い。会社内での人間関係は、ある意味では擬似的な「家」のように強固になりがちだし、転職にかかる機会費用もすこぶる高い。

 

HIVを告げて退職に追い込まれた友人


比較的最近のことだが、僕の親しいゲイの友人が、HIVに感染したことを会社に告げたら、保険や補助を次々と打ち切られるという憂き目にあったという。彼は長くその会社に尽くしてきたが、退職せざるをえなくなってしまった。

ゲイであることをカミングアウトするだけでもリスクの高い日本社会において、HIVキャリアであることまで告げるのは大変な勇気が必要だっただろう。しかし残念ながら、いまだに日本の多くの企業や職場において、彼らへの十分なサポートは提供されていないようである。

HIVは、もはや慢性病となりつつある。適切な投薬治療を行っていれば、ウイルス量は常に検出下限値以下に抑えられるし、他者に感染させる怖れもほとんどない。治療を受けているHIVキャリアのひとの平均寿命は、70代半ばと言われている。

しかし、性的少数者のコミュニティ内部においてもなお、HIVキャリアのひとへの無理解や差別は根深いし、一般社会においてはなおさらだろう。そしてそれもまた、大学院生のアウティングの事件と同様に、「自分のすぐ近くにHIVキャリアのひとがいる」ということを想像できず、あくまでも「他人事」として遠ざけてしまうことによるのではないだろうか。

自らのHIV感染を会社に告げた僕の友人は、たしかに会社を去らざるをえなくなってしまったけれど、彼の勇気あるカミングアウトは、決して無駄ではなかったのだと思う。

少なくとも、彼の告白によって彼のいた会社は、「HIVキャリアの社員がいる」ということを認識したはずだ。それは、決して小さくはない一歩であるように僕には思われるし、そうであってほしいと願わずにいられない。