年を重ねて目指すのは「パートナー」の社会化

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私が好きなのは、現在92歳になる私の米国人の親友ジェリー・ジャンポルスキー(私が携わっているボランティア活動AHの創始者)が年齢を問われるといつも言う「僕は自分の笑い皺の数を数えているよ」というもの。

私もよく大笑いするタイプなので、きっと笑い皺の多い高齢者になるでしょう。
それは、自分がどう生きてきたかを示すものであって、決して恥ずかしく思う性質のものではないと思うのです。
それだけ笑いに恵まれた人生を送ってきた、ということだからです。
また、私の友人で、「加齢と健康」をテーマに年を重ねることに楽しく挑戦している女性がいるのですが、彼女は「何歳になっても『現役感』を持ち続けること」をとても大切にしているそうです。
これは決して、若作りをするという意味ではなく、それぞれの年における「現役」です。
「自分はもう60代だから……」などと諦めるのではなく、パートナー関係も、社会的にも、身体のケアも、常に「現役感」を持って取り組みたい(美容整形などではなくその年に合った健康な身体を心がけること。身体を動かすこともそうですが、若い頃とは異なり、ジャンクな食べ物を離れ、食を通して身体を大切にしているそうです)。

そのためにも「“今”にいること」を大切にしていると言います。日本で言えば「それなりの年」なのですが、セックスも「今にいられる時間」として大切にしているそうです。身体のための食を味わって食べるのも、「今にいられる時間」ですよね。
ちなみに彼女は独身で、同居パートナーもいないのですが、それを自分に合ったライフスタイルとして楽しんでいます。
そんな彼女に影響を与えたという恋人の発言には、私も感心してしまいました。
「人生とは自転車だ。なぜならこいでいないと止まって倒れてしまう」と言われたそうなのです。
まだ若かった当時の彼女は「まあそれだと若いときはいいけど、年とったらきついな。タクシーとかがいいな」と思ったそうです。
でも、彼女いわく、「自転車って考えてみると子どものときは補助輪なしでは乗れないけど、そのうち補助輪なしで乗れるようになり、若いときはスピードを出して危険も顧みずスイスイ乗って、年をとったらゆっくりのスピードでこげる。だけど、なぜあの速さで倒れないのか。絶妙なバランス感覚ですよね。若いときはあんなにゆっくり乗れないと思うのです。なかなかいいたとえ話だったと、今頃感心しています」とのこと。
私も、なるほどその通りだと思います。今、ここを楽しむと、最後はだいたいうまくいくのではないでしょうか。
 
どれほどぴったりなパートナーができても、その人は亡くなってしまうかもしれない。子どもに恵まれても、子供はそれぞれの人生でいっぱいいっぱいで、親はどうしても二の次になってしまう。そして、親としても、子ども活躍の邪魔はしたくない。
こう考えると、本当にそこまで特定のパートナーにとらわれなければならないのでしょうか。
自分自身、年を重ねてきて思うのは「パートナーの社会化」ということです。どういうことかと言うと、若い頃は特定のパートナーを持つことでしか「自分」に取り組むことができなかったけれども、年を重ねてくると、「社会のいろいろな人たち」への愛情をより感じるようになるということなのです。
そして、自分とは価値観の違う人への向き合い方からも「自分」に取り組むことができるようになってきた、というのが私自身の体験です。

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『女に生まれてよかった。と心から思える本』

著者 水島広子 朝日新聞出版 ¥1300(税別)

「女性に生まれなければよかったのに」と思ったことはないだろうか。女子力からはじまって、加齢や美醜、モテ……。女性として生きるのに現代は面倒くさすぎる。全てのダメ女子たちに心から自分を肯定し、女であることに幸せを感じられる方法を伝授する。

構成/藤本容子(編集部)

・第1回「「女」度が高い人が同性から嫌われやすいワケ」はこちら>>

・第3回は4月11日公開予定です。お楽しみに!

 
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