「“武士”というのをがっつり演じたことはなかったのですが、お芝居という仕事をずっとやっていくなら、避けては通れない、やっていかなければいけない道だなと」。そう語るのは、時代劇の初主演作『居眠り磐音』が公開を待つ松坂桃李さん。藩を揺るがす大事件を経て、自身の運命を狂わせてしまった浪人・坂崎磐音を演じながら感じたのは、時代劇の中にいる登場人物たち、そして時代劇を作る人々の“強い想い”だったと言います。

 

俳優・松坂桃李 1988年生まれ、神奈川県出身。ドラマ「侍戦隊シンケンジャー」(’09年)で俳優デビュー。『僕たちは世界を変えることができない。』(’11年)、『アントキノイノチ』(’11年)で第85回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞を、『ツナグ』(’12年)他で第36回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。本年は、『孤狼の血』(’18年白石和彌監督)で第92回キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞、第42回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。現在、ドラマ「パーフェクトワールド」に出演中。この後、映画『新聞記者』『蜜蜂と遠雷』の公開が控えている。


坂崎磐音は、江戸の長屋でつましく暮らす浪人者。ちゃきちゃきと小銭を稼ぐ町場の子供たちに「しょーがねえなあ」と言われながら仕事を世話してもらい、「かたじけない」と照れ笑いで応じながら、鰻屋でウナギをさばいています。実は凄腕の剣士ですが、自分から無益な殺生に出ることはなく、その穏やかで飄々とした様からついた異名は「居眠り磐音」。柔らかい笑顔と飄々とした雰囲気は、取材で目にする松坂桃李さん自身となんだかよく似ています。

「時代劇ならではの魅力は、現代劇ではありえない設定からくる“想いの強さ”だと思います。特に交わされる会話の中の、一つ一つの言葉の重みみたいなものは大事にしながら演じました」

©2019映画「居眠り磐音」製作委員会

映画はそんな磐音が巻き込まれた、江戸でのある陰謀を描いてゆくのですが――物語に通奏低音として響くのが、磐音の運命を変えてしまった過去の騒動です。
 

“想い続ける男”と“前を向く女”。現代にも通じる、恋愛のけじめのつけ方。


磐音を通して見える、武士の根幹にあるものはなんでしょうか? そう尋ねると、松坂さんから返ってきた答えは「守るべきものを持っているかどうか」。この作品でその一番に挙げられるのは、九州・豊後関前藩の未来を背負って立つ若手エリート藩士だった頃の磐音の許嫁・奈緒(芳根京子)の存在です。彼女と一緒になることを誓い合い、磐音は3年の江戸勤番へと旅立ちます。

「好きあった者同士が三年間離れ離れ、ずっと会えない、というのもすごいですよね。今のようにいつでも連絡が取れるわけじゃない。それだけに募る想いは強くなるだろうし、相手がどうしているかわからないからこそ、より恋しいと思う」

©2019映画「居眠り磐音」製作委員会

ところがようやく故郷に戻り明日は祝言というその日に、磐音は奈緒の兄であり自身の親友でもある琴平(柄本佑)を斬ることになってしまいます。奈緒にも関わる心無い噂、そこに誤解と行き違いが重なり、親友である慎之輔を含め数人の人間を斬った琴平。彼も凄腕の剣豪で、磐音の他に彼を治められる人間はいませんでした。

「あそこまでいったら、琴平は死罪を逃れることはできない、本人も分かっていると思う。だったら彼に真実を伝えて、彼の想いを受け止めた上で、命を絶たねばならないのなら自分が、という気持ちが磐音にはあったんだと思います。ですから殺陣もアクションシーンとしてではなく“想い”を見せること―― “相手を斬らねば”という状況の中で、一振り一振りの刀で語り合うというようなことを意識しました」

 

この騒動から、磐音は許婚の奈緒を残し脱藩、ふたりは別の人生を歩み始めることになります。

「もちろん磐音は奈緒と結婚するつもりでいたし、すごく強い想いもあったんです。でも結果として彼女の兄を斬ることになってしまった。あそこでああしていなければ……という考えは、もちろん磐音の中にあったと思います。でもそれ以上に、武士としての想いがあった。その時の彼の命を懸けた決断を守りたかったんだと思います。故郷にいられないのは、親友を斬った哀しい現実とその罪悪感――奈緒に合わせる顔がない、どう説明したらいいかわからないというのはあったんじゃないかと」

娯楽時代劇らしい勧善懲悪の物語の合間に、磐音の故郷で起きた事件を噂に聞き知る浪人たちがあらわれ、磐音に「真剣勝負」を挑みます。そのたびに、藩を捨て、愛する人と別れ、浪人となった磐音の背景に、葛藤と陰影がつけ足されてゆきます。

©2019映画「居眠り磐音」製作委員会

「別の見方をすれば、磐音は“逃げた”のかもしれない。だからこそ奈緒のことを、ずーっと想い続けるんだと思うんですよね。恋愛のけじめのつけ方という部分で、現代に通じるものがあると思いますね。僕は磐音ほどは引きずらないタイプだと思いますが、男性はけっこうこういうところがあるのかなと(笑)。一方で、別の人生をしっかりと歩み始めようとする奈緒の姿は、女性にとっても共感できる部分があると思います」
 

現代劇では描けない世界が、時代劇にはある


琴平との殺陣の場面は「すべてが大変だった」と語る松坂さん。クランクインまでには殺陣や所作に加えて、鰻を捌く練習も入念にし、その難しさには心が折れそうになったのだとか。でも「がっつり」取り組んだ時代劇での体験で、自身の中に新たな“想い”も芽生えたようです。

 

「今回、京都で一か月撮影して、京都のスタッフの方たちの“時代劇への想い”をすごく強く感じたんです。昨今テレビドラマの時代劇って、それこそ大河ドラマを中心にしか見られないものになっていて、映画で実現しているかというと、それもすごく少なくなってきている。“現代劇で描けない世界があるのに、そういうふうになってしまうのはやっぱり寂しい。そういう中で、時代劇が企画され実現したことが、本当にうれしい”と、話してくれたんですよね。そういう“想い”を絶やしちゃいけないなと。この作品が、これからも時代劇が続いていくための、盛り上げ役を担えれば嬉しいなと思います」
 

<映画紹介>
『居眠り磐音』

©2019映画「居眠り磐音」製作委員会

佐伯泰英の最高傑作であり、<平成で最も売れている時代小説シリーズ>として累計2000万部を突破する「居眠り磐音」が日本を代表する豪華俳優陣とスタッフにより完全映画化! 主人公・坂崎磐音役には、日本映画界を代表する俳優・松坂桃李。優しく穏やかだが実は剣の達人である磐音を、本作で"時代劇初主演"となる松坂が見事に演じ切ります。また木村文乃、芳根京子、柄本佑、杉野遥亮、佐々木蔵之介、奥田瑛二、谷原章介、中村梅雀、柄本明など超豪華俳優陣が大集結。監督は『空飛ぶタイヤ』など数々の大ヒット作品を生みだしてきた本木克英。これ以上ないキャスト・スタッフが集結し、原作の持つ世界観を余すことなく表現されています。
5月17日(金)より全国ロードショー

原作:佐伯泰英「居眠り磐音 決定版」(文春文庫刊)
出演:松坂桃李 木村文乃 芳根京子/柄本佑 杉野遥亮 佐々木蔵之介 奥田瑛二/谷原章介 中村梅雀 柄本明 ほか
監督:本木克英 
脚本:藤本有紀 
音楽:髙見優 主題歌:「LOVED」MISIA(アリオラジャパン) 製作:「居眠り磐音」製作委員会
配給:松竹 ©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
公式サイト:https://books.bunshun.jp/sp/iwane#movie
公式Twitter:https://twitter.com/iwane_movie 
公式Facebook:https://www.facebook.com/iwane.movie/


撮影/塚田亮平
スタイリング/丸山晃
ヘアメイク/AZUMA(M-rep by MONDO-artist)
 取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)