インディペンデント作品としては異例の全国公開となった映画『月極オトコトモダチ』。じつはこの作品、穐山茉由監督の“普段はファッションブランドのPR”という異色の経歴でも注目されているんです。それまで会社員だった穐山監督が映画を撮ろうと思い立ったきっかけ、30歳を過ぎての決断から制作時の裏話まで、編集部・川端がたっぷりうかがってきました!

 

穐山茉由(あきやま・まゆ) 1982 年生まれ。東京都出身。ケイト・スペード ニューヨークPR。ファッション業界で会社員として働きながら、 30代はやりたいことをやろうと思い立ち映画美学校で映画制作を学ぶ。監督作『ギャルソンヌ -2 つの性を持つ女-』が第11回 田辺・弁慶映画祭 2017に入選。『月極オトコトモダチ』が長編デビュー作品となる。


ファッションプレス兼監督作品が
東京国際映画祭に出品という異例の快挙

 

穐山監督にとって長編デビュー作となった『月極オトコトモダチ』は、音楽と映画の祭典「MOOSIC LAB 2018」出品作品として制作。女性WEBマガジンの編集部で働く主人公・那沙をいま注目の女優・徳永えり、那沙と契約する“レンタル友達”柳瀬を若手実力派の橋本淳、また独特な存在感を放つ若手女優、芹那すみれが主人公のルームメイト・珠希を演じるなど、豪華出演陣も見どころ。

編集部・川端(以下、バタやん) まずは『月極オトコトモダチ』の全国公開、おめでとうございます! いわゆるインディペンデント作品が全国公開になるのは、かなり異例だそうですね。

穐山監督 ありがとうございます。ひとつの映画がどうやって公開にいたるかは、作品によってもそれぞれ違うのですが、『月極〜』は東京国際映画祭に正式出品されたこともあり、大規模なシネコン系から趣のある単館系までたくさんの映画館が興味を持ってくださったおかげですね。とくに、商業作品ではない映画が地方で公開されるのは難しいので、本当にありがたいです。

バタやん 穐山さんとは以前からお仕事で何度もお会いしていたけど、まさか映画を撮っていたとは知りませんでした。この作品が東京国際映画祭に正式出品されたという記事をネットで読んで「……あれ? この穐山監督って、ケイト・スペードの穐山さん?!」と(笑)。

穐山監督 そうですよね(笑)。もともと、モノを作ることへの欲求は強いほうだったんです。なので服も最初は作る側をやりたくて、新卒でOEM(他社ブランドの製品を製造すること)の会社に入ったのですが、そこがわりとブラックで……(笑)。半年で辞めて、その後、今のブランドに転職し、入社以来PRを続けて、今年で14年になります。

当時ケイト・スペード ニューヨークを取り扱っていたサンエー・インターナショナルに転職し、ブランドの独立と同時にケイト・スペード ニューヨークのPRに。「昔から雑誌が大好きだったので、いろいろな媒体と関われるPRの仕事にはまた別の魅力を感じました」(穐山監督)



寿退社目前の婚約破棄……
自分の人生のTo Doリストに着手するきっかけに

 

バタやん そんななかで、映画を撮ろうと思い立ったキッカケは何だったんですか?

穐山監督 若い頃はとにかくがむしゃらに仕事していたのが、20代も半ばを過ぎると少し余裕も出てきて。その頃から「これからは、人生のTo Doリストの中でまだやれていないことに手をつけていきたいな」と考えるようになったんです。そんな時に井口奈己監督の『人のセックスを笑うな』を観て、映画ってこんな風にも撮れるのか、と感銘を受けて。それで自分でも撮ってみたくなって、最初はワークショップで小さな作品を作ってみたんですが、やっぱりうまく撮れない。いつも自分が観ている映画と違うんです(笑)。これは一度ちゃんと勉強しようと、30歳を過ぎてから映画学校に入学しました。

バタやん その行動力も本当に凄いと思いますが、じつは穐山さん、ちょうど同じ頃に婚約を破棄されているとか。

穐山監督 はい。ただそのおかげで吹っ切れたというか、思い切れたところも大きいです。それまではやりたいことに対して勝手に遠慮していた部分もあったと思うんです。それが、これからは結婚に囚われなくていい、やりたいことを思いきりやるのもいいかな、って。映画に本腰を入れて取り組めるようになったのもそれからですね。学校に入ったら映画の見方も変わったし、「私がやりたいのはこれだ」と、自分の気持ちに確信を持てるようになりました。

ちなみに婚約を破棄したのは、寿退社を部署内に発表した後だったとか。「同僚とも『辞めちゃうんだ、寂しくなるね〜』なんて、ほのぼの話してたんですけどね(笑)」(穐山監督)


“会社員監督”の強みは効率化と分担、
そして会社からの応援


バタやん 穐山さんの映画監督としての活動は、会社も把握されてるんですよね。そればかりか、監督業の時間確保のために、仕事内容や勤務日数の調整にも柔軟に対応してくれたとか。

穐山監督 そうですね、直属の上司も私のやりたいことに対して全面的に応援してくれているので、そんな会社にいられたということは本当にラッキーだと思います。会社のみんなも最近は私のこと「監督」って呼んでますし(笑)。

バタやん 会社員と映画監督という“2足のわらじ”であることで、映画1本でやっている人と自分はここが違う、と感じるのはどんなところですか?

穐山監督 2足のわらじは、とくになろうとしてなったことではないですが……。ただ周囲のリアクションを見る限り、会社員であることがまったく違う形で作品に表れているんだな、というのは感じますね。

女性向けWEBマガジンの編集部というのも、PRとして働く穐山監督にとっては身近な環境。「ダイレクトではないにせよ、これまでの経験を生かせているなと思います」(穐山監督)

バタやん というと?

穐山監督 たとえば、制作チームは仲間内で固めるのではなく、できるだけ多くの人を巻き込もう、というのが私の考え方。また制作過程でも、自分が指揮することにはこだわらず、その分野において自分より優れた人材を各所に配置するようにしています。作品自体も「自分の世界を大切にしたい」という想いはある程度守りつつも「それをどうやったら人に伝わるか」という部分を重視していますし。“外に開かれたもの”であることは、仕事をしているとおのずと必要になってくる部分だと思うんです。自分の作りたいものと、開かれたものであることのバランスを考えられるのは、会社員というベースがあってこそかもしれませんね。


“レンタル友達”を利用してみたら
けっこう何でも話してしまった


バタやん 今回絶対に聞きたいと思っていたことがあるのですが。この『月極オトコトモダチ』を撮るにあたって、“レンタル友達”を実際に利用されたそうですね!

穐山監督 そうなんです。申し込みからどういう流れでどうなるのか、取材しないと分からないな……ということで(笑)。実際にやってみたら、写真は見れないながらも、こんな人がいい、という風にリクエストできるようになっていて。私は恥ずかしいので「イケメンすぎない、話しやすい方で」とお願いしました(笑)。会う前は「“初対面なのに友達”という設定の人と過ごすのは、一体どんな気持ちなんだろう」と思っていたんですが、いざ会ってみると、友達=基本受け入れてくれている、という前提が想像以上に楽チンで。私も心を許して、けっこう何でも話してしまいましたね。

バタやん うっかり好きになってしまってもおかしくないな、と?

穐山監督 うーん、どうでしょう? 相手もプロなので、会っている時は好意を向けてくれるし心地いいけど、あとから振り返れば「あれはそういうサービスだったんだよな」と(笑)。ただ言葉にはしていなかったけれど、レンタル友達をやっていることであの男性自身も救われている部分があるんだろうな……と思いました。会話の中から感じたそういう部分は、シナリオにも生かせたと思いますね。

ミモレと同じ女性向けWEBマガジンの編集者が主人公ということで「身につまされるシーンも多くて、“閲覧数アップのためにそこまでしないわ”“いや、ありえるかも”と思ったり、めちゃくちゃ感情移入してしまいました」(バタやん)

バタやん レンタル友達という現時代的な設定と、「男女の友情は成立するのか」という永遠のテーマと。監督が細部までこだわった登場人物たちのファッションも見どころですね。今日はありがとうございました!

<映画紹介>
『月極オトコトモダチ』

 

WEBマガジンの編集部で働く望月那沙(徳永えり)はある日、“レンタル友達”で生計を立てる柳瀬草太(橋本淳)と出会う。柳瀬とのやりとりを記事にしようと思いついた那沙は月極で契約、連載は評判となるが、2人の関係はいつまでも距離を保ったまま。そんななか、那沙のルームメイトである珠希と柳瀬が遭遇、音楽という共通点から2人は急接近していくが……。

6 月 8 日(土)より、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ板橋ほかにて全国順次公開 
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
©2019「月極オトコトモダチ」製作委員会


撮影/目黒智子 
文/山崎恵 
構成・取材/川端里恵(編集部)