酒井順子さんによる書き下ろし連載。今回のテーマは「更年期」。中高年の女性を揶揄する際に使われたりもしていましたが、最近は少し扱いが変わってきました。「老眼」と「更年期」のコマーシャルに突っ込みつつも感じる社会の変化とは……。

 


服のタグの字が小さすぎて読めな〜い!


ハヅキルーペのかつてのコマーシャルでは、渡辺謙さんが、
「字が小さすぎて読めなーい!」
と、激怒していました。世界的俳優の、やや常軌を逸した演技に呆然とした私でしたが、しかし最近になるとわかります。あの怒りは、老眼世代が抱えている怒りを、とことん凝縮させたものだったのではないか、ということが。

元々がド近眼なので、老眼の進行は比較的緩やかな私。そして元々がメガネ派なので、さりげなく遠近両用メガネにチェンジしたことによって、老眼感もさほど色濃くはないかもしれません。

が、もちろん老眼は老眼なのであり、それを痛感するのは、若い女性向けのファッション誌を読む時です。おしゃれなレイアウトのため、文字が小さいのはもちろんのこと、文字の色が極めて薄かったりすることがしばしば。 「何でこんな読みにくいデザインに……」とイライラしてきたところで、私は理解するのです。「渡辺謙の怒りとは、つまりこれだ」ということを。

若者向けファッション誌のデザイン作業は、読者にウケるよう、若いデザイナーが行っていることでしょう。白い紙に薄いピンクの文字を印刷しても、デザイナーも読者も、苦もなく読むことができる。

しかし何の間違いか50代がその雑誌を手に取ってしまうと、薄いピンクの文字は、白い紙に溶け込むかのようで、何が何やら……。「こんなんじゃ読めないでしょうよ!」
と怒りを爆発させるも、それはすなわち「これが読めない人は、読者としてお呼びじゃない」ということなのであり、それがまたイライラを誘うのでした。

平均寿命がのびてきたことによって、若い気分のままでいられる期間は、昔よりもぐっと長くなりました。化粧品や美容医療の進歩は、人々の外見を若々しく保つように。外見が若いままだと、気分もまた若くなってきます。

しかし人体の内部は、確実に年をとっていきます。人生が100年になったからといって、老眼になる時期が先延ばしになるわけではありません。現代の医療はまだ、肉体の各部位の経年劣化を止めることはできないのです。

人生が長ーくなってきた時代、気分年齢と肉体年齢の齟齬に最も悶々とする年代が、50代なのではないかと私は思います。娘と洋服の貸し借りができるくらい体型は変わっていないし、センスも年寄り臭くないつもり。であるがしかし、その洋服のタグに書いてある文字が読めない、とか。モテる気は満々だし、配偶者がいようといまいと、性的にも引退していないつもり。であるがしかし、生理はもうない、とか。

 
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