――藤野さんは、投資をされるご家庭で育ったんでしょうか。

藤野:いえ、それが全然。保守的な家庭でしたよ。
でも母が、仕事を思いきり楽しんでいたんです。彼女はワコールで40年以上販売員をしていたのですが、「日本で一番ブラジャーを売った人」かもしれない(笑)。私が大人になってからわかったのですが、営業成績はいつもトップクラス、何度も表彰されていたそうで。

毎日夕飯のとき「今日は何枚売れた」「クリスマスやイベントの前より、旅行の前に売れるのよ」と、母はその日に売ったブラジャーの話をしていました。友達と温泉旅行に行ったら、脱衣所で着替えますよね。下着がよれよれだと恥ずかしいから、清潔で新しいものを買っておきたいというニーズがあるそうです。「そろそろゴールデンウィークだから頑張るのよ」なんて楽しそうに話していました。

――お母さんの話から、社会の動きを垣間見ることができたんですね。

藤野:はい。さらに母は、手帳に細かく情報を書き込んでいました。お客様の似顔絵と名前、売れた商品。どんな雑談をしたか。「この人は面白いのよ」「旦那さんがこんな人で、お子さんがこんな人で」って。僕にしてみれば、母のお客さんの家族構成なんて、まったくどうでもいい話だし、思春期の頃は恥ずかしくて本当に嫌だったんですけど、母はキャッキャと楽しそう。僕に話すことで、情報を頭にインプットしていたんでしょうね。

――藤野さんが社会人になられてから、その偉大さを感じましたか?

藤野:そうなんです。僕が国内の大手証券会社に入って研修をしているときに、「最強のセールスマン」という人が講師に登場したので、「母のように、似顔絵を描いて名前や情報を手帳にメモしているんだろうな」と思ったら、そんな人は一人もいない。そうか、母は特別な努力をしていたんだと気づきました。

といっても、母は努力というよりも、ゲームのように楽しんで結果を出していた。そうやって楽しみながら仕事をすることが大事だと母から学びました。

――女性が働くことがメジャーではなかった時代ですよね。

藤野:はい。それなのに母は「これから女性の社会化が進んで、インナーウェアがもっと必要とされる時代が絶対に来る。インナーは消耗品で何度も買うものだから、お店といい人間関係ができたら何枚も買ってくれると思った」と。最近も当時のことを振り返ってそのように話していたので驚きました。
実は父はまったく逆で、「仕事というのはつらくて我慢するものだ」というタイプだったので、母が「もう、あんた暗いのよ!」って父に突っ込みをいれていましたけどね(笑)。

仕事だから仕方ないといってイヤイヤやるのか、それとも目の前のお客さんを元気にするために楽しんで仕事をするのか。同じ仕事をするにしても、まるで違います。
親が楽しそうに仕事をしていることは、子どもにもいい影響を与えます。
子どもたちが、「自分の親のように楽しそうな社会人になりたいな」と感じることが、日本の成長のために必要ではないでしょうか。

それには、大人が自分の「好き嫌い」に忠実になって、好きな会社で好きな仕事をすることが大事だと思うんです。
 

撮影/水野昭子
文/西山美紀
構成/片岡千晶(編集部)

 

 

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