世界のライフスタイルを“旅”のフィルターで読み解くトラベルカルチャーマガジンTRANSIT。44号では、日本人にはあまり馴染みがないけれど、実は地球の表面の4割にも相当するといわれている「砂漠」を特集しました。砂や岩が広がる何もない砂漠ですが、実は大規模な開発や研究を行うのに適した場所として世界中から注目を集めています。私たちの未来の形も、砂漠で生まれていくのかも!? TRANSIT44号に掲載した、建築史家・五十嵐太郎さんの「砂漠の未来都市」についてのインタビューをご紹介します。

 


取材協力:五十嵐太郎(いがらし・たろう)
建築史家、建築批評家。東北大学大学院研究科教授。著書に『モダニズム崩壊後の建築―1968年以降の転回と思想』、共著に『ぼくらが夢見た未来都市』など。

人が生活するには過酷な砂漠で、今、中東発の新しい理想郷が次々と生まれつつある。砂漠とユートピア。そこにはいったいどんな関係があるのだろうか。建築史家の五十嵐太郎教授の話から、不毛の地と理想郷の両極を結ぶ線が見えてきた。


新しい都市が生まれるとき。


二酸化炭素排出量ゼロを掲げるアブダビの実験都市マスダール・シティ、省エネ性能の高い素材で建設されたドバイのサスティナブル・シティや、100年後の火星移住を目標に宇宙生活をシミュレーションしたドバイのマーズ・サイエンス・シティなど、中東のUAEでは次々と新しい街が計画されている。なぜ砂漠の国・UAEでは、人類の夢が詰め込まれた未来的な都市が生まれるのか。建築史家の五十嵐太郎教授に話を聞いた。

─まず新しい街ができるきっかけは、大きくは「戦争」「資金」にあります。「戦争」という意味でいえば、たとえば第二次世界大戦で被害の大きかった東京、ベルリン、平壌などは、終戦後に街を新しくつくり変える必要がありました。日本の場合、さらに地震や大雨などの天災が多いので、街が壊滅的被害を受けたときにも街をつくりなおすことがあります。「資金」という点でみると、今あるパリの美しい街並みは19世紀のセーヌ県知事オスマンのパリ改造でできたものです。この時代、フランスは植民地政策で富が集積されていましたから、その資金でロータリーからのびる目抜き通りをつくったり、下水道を整えて清潔な街にしたりと大工事を行ったわけですね。今でもパリに旅行者が絶えない様子を見ると、大規模な都市改造はよい投資だったといえるでしょう。

 UAEの場合は、後者に当てはまります。石油や天然ガスで得た資金をもとに、新しい都市計画が進んでいます。なかでもすでに運営がはじまっているマスダール・シティの設計を担当しているのが、ノーマン・フォスター率いるFoster+Partnersです。ロンドンを拠点に1000人以上の従業員がいる国際的な設計事務所で、建築に限らず、エネルギー部門、交通システム部門などの専門チームがあって、都市をまるごと設計できるわけです。フォスター自身、1990年代からサスティナブルやエコロジーをテーマにしたビルをつくっているし、テクノロジーを使った建築に強いというのでUAEから依頼されていると思うんですけどね。現在、こうした新しい街をゼロからつくる規模のプロジェクトが進行しているのは、資金がある中東と中国ぐらいでしょうね。資金があるから未来の街づくりに投資する。いつかオイルが枯渇しても、後世に残るような都市をつくれば街は生きつづけるし、仮にこの街づくりが世界のスタンダードになれば、先駆者として利益を得られるかもしれません。


砂漠の都市の成り立ち。


砂漠で街づくり、と考えると、何もない場所に街をつくることの困難さを想像してしまうが、五十嵐教授は砂漠と都市計画は相性がよい部分が多いと語る。

─単純に、砂漠のようなまっさらな白紙のような無人の土地に街をつくるほうが、既存の街をつくり変えるより簡単という理由があります。たとえば東京で新たな街づくりを計画した場合、すでにある建物を壊さなきゃいけない、住民にも配慮しなければいけないという問題が起きます。道路や電車といった交通システムひとつ変えるにも、ものすごく大掛かりな工事になります。それだったら最初から最適化したものを、何もない状態からつくるほうがはるかに手間が少ない。たとえば、車の自動運転が実現して今よりもっと運転が正確になったら、道路幅をギリギリまで狭くできる。そういった技術革新が起きたときに、何もない砂漠であれば根本の都市設計から自由自在に変えることができるわけです。

もうひとつ、砂漠は人工環境を前提に街をつくっていることも大きいと感じますね。ドバイで印象的なのは、ほとんどの駅とショッピングモールが接続していること。夏場は50度を超えるような環境ですから、地元の人たちはできるだけ外部の滞在時間を減らして、ショッピングモールという人工環境に避難したいと思う。ドームのような内部空間で生活しようとする思考は、火星移住計画と近いものがありますよね。エネルギー確保やインフラ整備にしても、既存の街に寄生するように広がっていこうというより、UAEのような砂漠の国では街ごとに自立したシステムでやろうという傾向が強い気がします。

潜在的に未来都市が生まれやすい?


さらに砂漠はデザイン面においても、自由度が高く、新しい街並みが生まれやすい性質があるのではと五十嵐教授は考える。

─ドバイは強いランドマーク性をもつアイコン建築が多いですよね。世界一高いビルとして有名なブルジュ・ハリファだったり、建物が360度回転するダイナミックタワー・ドバイの建設案であったり。日本のような無味乾燥な四角いビルとは違う。歴史を振り返ってみても、エジプトのピラミッドみたいな巨大な四角錐の建築物も、今見ても随分と大胆なデザインです。これについては、ノルウェー生まれの建築学者のクリスチャン・ノルベルグ=シュルツが、砂漠と建築についておもしろい論を述べていますね。彼は、南方の地中海や北欧のような森林が多い地域と砂漠のような地域とでは原風景が違うから、そこに生まれる建築の姿も違ってくる。砂漠という文脈のない独特な土地だからこそ、非常に原初的で抽象的な形態の建築物を置いても映えるんだ、というようなことを言っています。

新国立競技場のザハ・ハディド設計案への反対騒ぎじゃないですが、日本だと目立つような建築よりも、周囲の風景や歴史との調和を考えたデザインが求められやすい。ですが、そもそも砂漠では環境にデザインの根拠を求めにくいし、調和を気にかける必要が少ない。それゆえに、スタンドアローン的なデザインの建築物が生まれる。そうやって、従来の街並みとは違った新しい都市が築かれやすい傾向を感じます。ユートピアって、この世界の“まだどこにもないもの”ですよね。既存のものに対して独立・自立した生態系を構想しようとしている点で、ユートピアと砂漠は似ている。既存の環境の影響を受けにくい砂漠は、新しい都市のかたちを生む可能性を秘めているのかもしれませんね。


UAEの未来都市スポット


マスダール・シティ


再生可能エネルギーと持続可能な都市開発の世界的なリーダーとなるべく、2006年からアブダビに建設された都市。マスダール科学技術研究所が設置され、最新テクノロジーを商業化するための実験を行い、二酸化炭素排出量ゼロ、廃棄物ゼロを目指す。将来的には5万人が生活できる都市になる予定。

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©Foster+Partners


サスティナブル・シティ


2017年にできたドバイのスマートコミュニティ。住宅やビルごとに太陽光パネルが設置され、小単位でエネルギーを産出、消費する設計になっている。街中には温室があり、住民は新鮮な野菜を手に入れることができる。住宅、ホテル、モスク、学校なども建設していて、2000人の居住人口を目指す。

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©The Sustainable City


ドバイ・モール


2008年に開業した世界最大級のショッピングセンター。総面積は111.5万㎡。ハイブランドからファストファッション、スーパーマーケットまで揃う。世界一の高さを誇るブルジュ・ハリファと接続していたり、巨大な水族館ドバイ・アクアリウムがあったりと、娯楽もひと通り揃っている。

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©neekoh.fi


スキー・ドバイ


2005年にモール・オブ・ジ・エミレーツのショッピングモール内につくられた、世界最大級の屋内スキー場。コースは5本、最大400mのスロープがある。ゲレンデは常に氷点下1度に保たれていて、雪の降らない砂漠の国で年中スキー、ボブスレー、ソリを楽しむことができるとあって、地元民に人気。

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©Filipe Fortes


ブルジュ・ハリファ


2010年に開業した、全高828mの世界一高い超高層ビル。206階建てで148階の展望台まで上ることができる。現在、サウジアラビアでは高さ1000m超のジッダ・タワー(2020年完成予定)を建設しているが、ドバイはさらにその高さを上回るザ・タワーを建設しているという。

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©Wilerson S Andrade


ダイナミックタワー・ドバイ


80階建て、高さ約458mの回転する高層ビル。各フロアを360度動かすことができて、景色を自由に楽しめるというユニークな建物。ホテル、マンション、オフィスとして機能する予定。2008年に設計プランが発表されたが、いまだに着工しておらず、2020年の完成を目指している。

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©kamilla79
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<書籍紹介>
『TRANSIT(トランジット)44号 砂漠の惑星を旅しよう』

発行 euphoria factory / 発売 講談社 ¥1800(税別) 
6月17日(月)発売 電子版も発売中!

TRANSIT44号では、世界中に点在する「砂漠」を特集。美しい砂や岩が広がるロマンあふれる風景のほか、当地で暮らしつづけるさまざまな民族のことや、砂漠で研究されている地球の未来の形など、あらゆる側面から砂漠を紐解きます。特集記事は、「もしも世界が砂漠になったなら(砂漠化/水不足/緑化/食糧/ビジネス/サバイバル/都市計画/宇宙)」、「地球環境氏から見た人類と砂漠」「極限世界に生きる動植物の知恵」「なぜ砂漠にユートピアが生まれるのか?」など。特別付録はガイドブック「さばくのしおり」。

 

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