こんにちは。編集・川端です。
ちょっと自分の状況に変化があったとき、あるいは変えようかなと迷っているときに、会いたいなと思う人がいます。実際に会わなくても「あの人ならなんて言うかな」と考えたり……。

具体的に相談をしたり、アドバイスを求めたりしたことはないので、“メンター”と言うのともちょっと違うのですが。先輩でもないし、友だちでもないし。この関係をなんといったら適切か。皆さんにもそういう人がいるでしょうか。

久しぶりに本の紹介をしようと思ったのに、前置きが長くなってしまいました。最近読んだのは、精神科医の宮地尚子さんのエッセイ『傷を愛せるか』

トラウマやPTSD研究の第一人者でもある宮地さん。選ぶ言葉のひとつひとつが静かだけど深みがある。コントラバス、重低音って感じです。壊れてしまうくらい傷ついた人たちと深いところまで接したことがある人は、こういう境地になるのかなと興味深く読みました。克服方法とか具体的なハウツーが載っている本ではなく、美しいエッセイで暗い本ではないです。

変化について、「開くこと、閉じること」という章があって

「人にしろ物にしろ、変化が起きるとき、閉じながら変わっていく場合と、開きながら変わっていく場合がある。」

と書いてありました。その後、医学的な話になるのですが、細胞が減数分裂を起こすとき、変化にほとんどのエネルギーを費やすので、外からの攻撃にたいして無防備になる。だから、変わるときは閉じなくてはいけない、という宮地さんの解釈。

誰とも会う気がしないときや、自分に誰からも連絡がないまま休日が過ぎていくとき、ただ時間を無駄にしているような気がするとき……。宮地さんはそれを「変化の前の静けさ」と捉えると落ち着くといいます。

開きながら変わっていくほうはもう少しわかりやすくて、留学するとか、新しい集まりに参加してみるとかですかね。

変化するとき、外からの攻撃にたいして脆弱になる、というのは興味深いです。人は変わる人に対して攻撃的になりがちなのに。

「あの人なんか変わっちゃったよね」とか「昔の方が好きだった」とか。つい私も言ってしまうけれど。

気づけばもう10月も終わろうとしているのに、カレンダーをめくり忘れてた。

話が戻りますけれど、先日、久しぶりにその人とご飯を食べたんですね。

ひとしきり喋った後、「変わらないね」と言われたので「そのままお返ししますよ」と言ったのは、「老けてない」という意味じゃなくて、お互いが年相応に変わったから、お互いの印象が変わらないのかもしれないと思いました。初めて会ったときは24歳だったから、もっと前のめりだったし顔もパンパンしてたはず(笑)。

「時が経つといろんなことが変化する。けれども同時に残りつづけるものがある。」
とこの章に。

閉じながらゆっくり変わっていこうと思ったのと、変わろうとする人を攻撃しないようにしようっと、と思ったのでした。