第32回東京国際映画祭にて、同映画祭では初となるケリング「ウーマン・イン・モーション」のトークイベントが開催されました。登壇したのは、女優の寺島しのぶさん、写真家で映画監督でもある蜷川実花さん、アーティストのスプツニ子!さん。日本映画界における女性の地位や現状、働く女性や母親としての実体験などについて、それぞれが赤裸々に語ったこととは?



女性を取り巻く環境は、ゆるやかに変化している


蜷川 33歳の時に『さくらん』という映画を初めて撮った時には、メディアで「女性監督」とか「女流監督」とかって取り上げられることがすごく多かったですね。写真家としてデビューした当時もとにかく「女流」という言葉が付いて回っていて、その度にちょっとイラッとしていたんですけど。今年は1個も付かなかったですね。そう意味ではたぶん、ゆるやかに色々なことが変わってきたんだなと思います。

 

寺島 今入っている現場もそうなんですけど、照明とかカメラマンなど撮影技師さんたちにも女性が増えてきてますね。もはや「男」とか「女」というくくりじゃないようにも思います。女性の心を持った男性も、男性の心を持った女性も、ぜーんぶがいっしょくたになって作品をつくると、より感性が広がるというか。

 

スプツニ子! 女性には、今まで色々な嫌なことを言われたり、ハラスメントを受けてきた歴史があると思うんです。#Mee Tooムーブメントの発端は映画界だったんですけど、映画に限らずどんな業界でも、女性が声をあげられるような雰囲気ができてきたと思います。誰でも発信できるSNSを通じて女の人が抱えてきた声が表に出てきたという意味で、変化を感じますよね。


映画としては成立しにくい、「大人の女性の話」


寺島 やっぱり女優が圧倒的な主役を張るというのは難しいし、数少ないとは思いますね。まして日本は、まだ20代の「カワイイ文化」というのが根強くあって、大人の女性の話というのが、映画としてはなかなか成立しないのかなーと。あと、私は子どもを産んだら、もらう台本が「誰かのお母さん役」ということが多くなって。「ああ、こういうのが現状なんだなあ」とも、なんとなく思ったりします。以前、ケイト・ブランシェットさんと対談させていただいた時も「女性が主役の台本が少ない」とおっしゃっていたし、日本は極端かも知れないけれど、世界的にもみんなが思っていることなんですよね。

 

スプツニ子! 映画業界って、やっぱりまだ監督も脚本家もまだ男性の比率のほうが多いですよね。人口の半分は女の人なのに、女の人から見た世界とか、女の人の気持ちの動きとかを、しっかりとうまくストーリー化できていなかったと思うんですよ。蜷川さんを「女流、女流」と言いたがったのも、その視点が珍しかっただけってことじゃないかなと。人口の半分の人が見てきた世界を、ただ当たり前に描いているだけなのに。

蜷川 私の作品って、いまだに水曜日が強いんですよ。女性のチケット代が安くなる日だから(笑) 監督をしていて、現段階では「得」だと思うのは、自分の中の女性性に目を向けることが際立った個性になるということ。女性的な視点というものを持つことによって、それがオリジナリティになっていくっていうような。なぜそうなのかというと、「ほかにいないから」。その現状はどうなんだっていうことは、大前提としてあるんですけどね。


子育てと仕事の両立は、妥協続きの「地獄の沙汰」


寺島 仕事と子育ての両立は、本当に大変ですね。目の前にあることをやっていくしかなくて、もう妥協の連続。「ここのピンポイントでこのセリフを覚えないと、ぜったいに間に合わない」とか、とにかく追われている。実花ちゃんもそうだと思いますけど。

 

蜷川 本当にそう。さっきも、しのぶさんと「地獄の沙汰だよね」って話していたんですけど。子どもがいなかった時は、次はどういう映画でどんなふうにしようかなとか考えるのも、何かが降りてくるのを待つ感じだったのが、今は「あ、ここが30分空いたから、ここで考えましょう」と。泣けますよ、マジで。

寺島 何かが降りてきて「今だ!」って思う時に、「お母さ~ん!」とか「見て見て~!」とか言われると、もう……。

蜷川 「アンパンマン!」とか言われてね(笑)

スプツニ子! それでもクオリティ的に高いものを、どんどん世に出していますよね。意外と人間って、そんな状況でも創作できる? 

蜷川 女性でも男性でもね、自分だけの時間でクリエイションをできる人たちがすっごく眩しいし、生活をすべてクリエイションだけにかけている人生の人と、どうやって闘ったらいいのかなということは常に思いますよね。やっぱり物理的には本当に諦めの連続だし。それがある種のバネになって高く飛べる時もあるけど。逆に言うと、高く飛べるように自分で頑張るしかない。

スプツニ子! 私は今年34歳なんですが、まだ子どもはいません。仕事大好き、クリエイション大好き、やりたいこといっぱいある!って時なので、ちょっと怖くて踏み切れないと思ってしまいます。もちろん子どもとか家族とかにも憧れはあるんだけど。

蜷川 撮影現場でも、お母さんたちは大変だし少ない。若いアシスタントの女性はたくさんいても、一人前の技師になるタイミングと子どもを産めるか産めないかのタイミングが丸かぶりなんですよね。現実的に産んだらなかなか戻れないので、みんなそこで諦めちゃう。だからうちの組では、少なくとも土日は子どもを連れてきてもいいことにしています。できれば次の現場では、保育士さんを入れて、預けられるシステムを最初からつくりたいと思っていて。そういう物理的なサポートをできるようにするのも、自分の役割なのかなと。


女性がもっと勇気を持って活躍していける時代へ


スプツニ子! まず、SNSで連帯ができてきたというのがひとつのステップだと思います。たとえば10年前には、テレビで可愛くてバカっぽい女性像ばかりが露出されていましたが、今はインターネットを通してもっと複雑な女性像にたくさん触れられます。映画界だけじゃなくて小説家や作家、インフルエンサーなどさまざまな人の存在を知ることで、女性が勇気を持ちやすい時代なのは確かです。活躍する女性が増えれば増えるほど、必然的に若い世代の女の子たちもその世界に入りやすくなる。本当に道のりは長いけど、それが大事だと思いますね。

 

蜷川 「大人の女性は楽しいよ」っていうことを、大々的に勇気を持って宣伝していこうと思っています。今、Netflixで撮っているドラマ『Follows』も、40代の女性がめちゃくちゃ暴れまくる話なんです。それこそ「結婚しなくてもいいから精子だけちょうだい」って元カレにおねだりするようなシーンがあったりして。あとは、写真ももちろんそうですけど、映像作品をつくる時にはいつでも、見にきた女性が映画館を出た時に肩で風切って歩けるようなものにしよう、来た時よりも帰りは少し早足になるような感情を残せたらいいなと思っているので、それを続けていくということですかね。

寺島 この地球で生きている限り、みんなそれぞれの個性があっていいわけで、男とかジェンダーという以前に、全部が人間。女性だろうが男性だろうが、いいものができたらそれでいいじゃんって思います。だから今は、自分というものをちゃんと主張していく力をそれぞれが身につけて、それぞれが変わっていくことが大切。何か言うことを決して恥ずかしいと思わずに発言していくぐらいの我をもって生きていったら、#Mee Too運動みたいなものも必要なくなっていくのかなと。それを私は望んでいます。女優としては、一人のキャラクターを突き詰めて、多面性のある役、ひとつのシーンをとっても色々な面が見える女性というのをフルに出していきたいなーと。これから、もっともっと深めていきたいですね。


ケリング「ウーマン・イン・モーション」が目指すもの


グッチやサンローランなど、多くのファッションやジュエリー、ウォッチを扱うブランドを擁するラグジュアリー・グループのケリングが、カンヌ国際映画祭のオフィシャルパートナーとして2015年5月に発足させたのが、「ウーマン・イン・モーション」です。

2016年の「ウーマン・イン・モーション」のポスターには、イザベル・ユペールを起用。

映画界の表舞台や舞台裏で映画界に貢献する女性に光を当て、男女平等の実現に向けた取り組みを推進するためのプラットフォームとして、毎年カンヌ国際映画祭にてトークセッションとアワードを行っています。

トークセッションでは、一人もしくは複数名のゲストを迎え、オープン形式のインタビューやディスカッションを開催。映画産業における女性のさまざまな問題について検討し、意見を交換する場を設けています。

2015年のプログラム発足以降、50回以上のトークセッションが行われ、ジョディ・フォスター、クロエ・セヴィニー、ダイアン・クルーガー、キャリー・マリガンなど70人以上の映画産業で影響力のある人物が登場しました。

映画界の才能ある女性を称えるアワードでは、毎年2名に賞が授与されます。2019年は、中国人女優のコン・リーと、ドイツ人監督のエヴァ・トロビッシュに贈られました。

 
 

2019年の「ウーマン・イン・モーション」アワードを受賞した、コン・リー。

2019年の「ウーマン・イン・モーション」ヤング・タレント・アワードを受賞した、エヴァ・トロビッシュ。

そして今回、日本の映画祭では初めての「ウーマン・イン・モーション」として実施されたトークイベント。女性の就業者数は拡大して欧米諸国とほぼ同水準ではあるものの、管理職に就いている女性の割合は低い日本における、根強い男女格差やダイバーシティの問題に関する議論を活性化させ、さらに既存の概念を「変える」ことを目的としています。

この取り組みを通じて、映画業界のみならずさまやまな分野の女性、そして男性の意識が変化していくことを、大いに期待したいですね。
 

寺島しのぶ
女優。京都市出身。『赤目四十八瀧心中未遂』(2003)、『ヴァイブレータ』(2003)で日本
国内外で10 以上の映画賞を受賞。『キャタピラー』(2010)で、日本人として35 年ぶりにベルリン国際映画祭・最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞。その他の出演作は、映画『Oh Lucy!』(2018)がある。

蜷川実花
写真家/映画監督。木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。映画『さくらん』(2007)、『ヘルタースケルター』(2012)、『Diner ダイナー』(2019)、『人間失格 太宰治と3 人の女たち』(2019)を監督。映像作品も多く手がけ、海外での個展も好評を博している。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事。

スプツニ子!
アーティスト/東京藝術大学准教授。東京都生まれ。ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部卒業後、英国 ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)修士課程修了。2013 年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰し、2019 年より東京藝術大学准教授。2017 年に世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」、2019 年にTED フェローに選出。
 

構成・原稿/谷花生