『流行通信』から『VOGUEJAPAN』『Harper’s BAZAAR』『FIGARO japon』『SPUR』などモード誌の編集を35年にわたって手がけてきたエディターの平工京子さんが、ラグジュアリーブランドからファストファッションまで、ファッション業界の社会貢献とサステイナブルな取り組みについて紹介します。

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近年、ラグジュアリーブランドが自身の背景にある歴史や貴重なアーカイブを一般公開するイベントが増えています。天王洲で開催中の「マドモアゼル プリヴェ」展もそのひとつ。オートクチュール、ハイジュエリー、「シャネルNo.5」の3つをキーワードに、シャネルのクリエイティブな世界に触れる展覧会です。

シャネルの5色のキーカラーの中から、ゴールドをフィーチャーしたゾーン。PHOTO/CHANEL


2フロアで構成された会場は、創始者のマドモアゼル(ココ・シャネル)が暮らしたアパルトマンの部屋と、その色調をイメージした5つのゾーンで構成されています。オートクチュールの展示は、マドモアゼルの継承者として35年以上の歳月をシャネルとともに過ごした故カール・ラガーフェルドと、新たにクリエイティブ・ディレクターに就任したヴィルジニー・ヴィアールの作品が中心。それぞれの色のゾーンに入るごとに、ホワイト、ベージュ、ブラックなどのアイコン的な色が、シャネルにとってどんな意味を持つかが、音声ガイドで詳しい説明を聞くことができます。

 

中でも興味深いのが、刺繍、ハイジュエリー、香水、それぞれの専門職人たちによるワークショップ。これは開催期間を3期に分けて実施され、11月18日から最終日の12月1日までは、香水の栓を密封するボードリュシャージュ(シールを施す技術)が体験できるもの。

アトリエ モンテックスの職人による刺繍のワークショップ。
スパンコールやビーズをびっしり刺繍したオートクチュールのドレス。PHOTO/CHANEL

このエキシビションはLINEの公式アカウントから予約する必要があるものの、体験型のワークショップも含め、すべて無料。シャネルというブランドの背景にあるカルチャーとしての豊かな遺産を一般の消費者に無料で公開する取り組みはひとつの社会貢献の形と言えるのではないでしょうか。

タキシード風のドレスは2019/20年秋冬オートクチュールのコレクション。「シャネルNo.5」とハイジュエリーが、かたわらに展示されている。PHOTO/CHANEL

メインの会場とは少し離れたIMA ギャラリーに設けられた試写室のような場所。ここでは、マドモアゼルがシャネルのスタイルをどのように確立していったのかを綴る一連の短編映画“INSIDE CHANEL”がまとめて上映されています。これは、偉大な先駆者の人生を早回しで見るような体験。女性をコルセットから解放したのも、メンズの服を取り入れたのも、着飾らないミニマルなスタイルを作り上げたのも、彼女の明確なビジョンから実現したことです。マドモアゼルがファッションを通してどれだけ女性を自由にしてくれたかが再認識できて、ちょっと胸が熱くなりました。

こうしたブランドのエキシビションの盛況ぶりが伝えられる一方で、高額のブランド物を実際に購買する意欲のある日本の消費者は、ブランドのものが欲しいという物欲はあっても、その背景にある歴史や物語にあまり興味を持っていない、という傾向が確認されていて、モード誌編集者としてはとても残念に思っていました。


ココ・シャネルが女性を自由にしたように、ファッションには既成概念を変えていく力があります。“マドモアゼル プリヴェ展”のような、ラグジュアリーブランドの背景にあるカルチャーとしての遺産に触れる体験を通して、価値観に変化が起きることを願ってやみません。物を「買う」「所有する」「消費する」ことが、すなわち豊かさだった時代は終わりを告げようとしています。
 

マドモアゼル プリヴェ展 – ガブリエル シャネルの世界へ
B&C HALL
東京都品川区東品川2-1-3
12月1日まで
11時~20時 (最終入場 19:30)
シャネルの公式LINEアカウントより要予約

IMA GALLERY
東京都品川区東品川2-2-43 T33ビル1F
予約不要

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