『流行通信』から『VOGUEJAPAN』『Harper’s BAZAAR』『FIGARO japon』『SPUR』などモード誌の編集を35年にわたって手がけてきたエディターの平工京子さんが、ラグジュアリーブランドからファストファッションまで、ファッション業界の社会貢献とサステイナブルな取り組みについて紹介します。

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ファッション界におけるサステナビリティの第一人者。それは、間違いなくステラ・マッカートニーです。動物愛護の精神から、毛皮はおろか、靴やバッグに革さえも使わない。2001年に彼女が自分のブランドをスタートした時、そのきっぱりとした姿勢には強いメッセージがありました。

すべては、レザーやファーに代わる新しい素材を開発することから始まりました。そこから20年近い歳月が流れた現在。ステラの取り組みは多岐にわたっています。公式ホームページに設けられた“サステナビリティ”のカテゴリーを開くと、彼女が2001年から毎年、何を達成してきたか、現在どのような活動をしているかが、具体的なデータともに明確に示されています。

 

たとえば「素材とイノベーション」のテーマに分類されている“カシミア”の項目。ここでは、まずヴァージンカシミアが環境に与える悪影響が詳細に記載されています。

「手頃なカシミアを望む需要に応えるため、農家は飼育するヤギの数を増やしたことにより、環境に悪影響が、特にモンゴルにおいて発生しました。ヤギのひづめが地表に突き刺さり、草が生えにくくなってしまうのです。モンゴルの90%がもろい乾燥地となっており、砂漠化の危機が迫っています」

この事実に基づいて、ステラ・マッカートニーではヴァージンカシミアを使わない決断をしたこと。代わりに、イタリアの工場で製造後に発生するカシミア廃棄物から生まれた“再生カシミア”を使用するに至ったことがわかります。

再生カシミアはほんの一例。大量の廃棄をなくし、循環性のある未来型のファッション産業へ移行するために、ステラ・マッカートニーは以下の3原則をあげています。

1) 廃棄物と公害のない世界をデザインする
2) 製品と材料を使い続ける
3) 自然のシステムを回復させる


企業としての取り組みは、素材の開発に始まり、動物や森林の保護、革新的ツールによる環境影響の計測、水を守るための洗濯方法の定着までに及んでいます。そのレポートのひとつひとつに目を通していると、彼女がサステナビリティに傾けている情熱の深さが分かるとともに、対処していかなければならない問題がいかに多いのかにも気づかされます。

それでも私たちは、何か自分のできることから始めるしかありません。

かつて、ステラはインタビューに応えてこう語っていました。

「贅沢? ものを捨てないこと。ずっと愛せるものを見つけられること。自分にとってのベーシックを見つけられること、が贅沢ね」

Photo: Mary McCartney

生まれながらのセレブリティであるステラが、この質素とも言える価値観を持った背景には、彼女の母親であるリンダ・マッカートニーの存在があります。

スコットランドにある農場で、ポール・マッカートニーの妻として、4人の子どもたちを育てたリンダは、たくさん持っていたジュエリーもほとんど着けることはなく、メンズライクなジャケットをフェミニンに着こなすような女性でした。農場の暮らしと動物を愛し、ベジタリアンだった彼女のスタイルは、夫ポールに影響を与え、やがてステラや他の子どもたちにも受け継がれていきます。


ステラにとって、永遠に続くものが贅沢。
ラグジュアリーとは廃棄することではなく、永遠を意味します。

ものを捨てない=人がものを買わなくなる。それでは経済が回らなくなり、豊かさかが遠のいていく、と私たちは考えがちです。でも、私たちが価値感を変えていけばそこから、新しい経済活動が芽生えていくのではないでしょうか。それは、決して簡単なことではないかもしれません。

ステラはこう宣言しています。

「変化の担い手となり、今、そしてこれから私たちが住む、美しくサステナブルな世界にふさわしい方法で高級品を作るために、従来の境界を押し広げることに挑み続けます。妥協はしません」

ステラ・マッカートニーの真摯な取り組みのひとつひとつに、私は20年前に乳癌で亡くなった母、リンダへの想いを感じます。ステラ自身もまた、4人の子どもを持つ母親。ステラが切り拓こうとしている、循環型ファッションへの情熱は、家族への「愛」から湧き上がるものなのです。

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