戦い抜いたゆえ、最期の言葉は「なかった」


2013年の暮れに腫瘍摘出手術をした後、放射線治療を受けながら翌年の初春には仕事へ復帰。2014年の5月ころまで、初のスタイルブック制作でてんやわんや状態になる。
「目も肌もキラキラしていて、本当にこの人はがんだったのか」と大岡さんも驚くほど、気力も活力もみなぎっていたという。

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自宅に飾られた雅子さんの写真。腫瘍摘出後、片肺になった体で取り掛かったスタイルブック『雅子 スタイル』(宝島社)のカバー写真でもある。

50歳の誕生日を祝った夏を過ぎると、また体調を崩しがちになった。がんが全身に転移していた。

「とにかく治すんだ、生きるんだとお互いマインドセットして闘病生活をしていたように思います。度重なる咳で胸椎が圧迫骨折して、下肢が弱って車椅子にもなり、お手洗いに行くにも介助が要るほどになりましたが、それでも彼女は愚痴や泣き言は一切言わなかったです」

別れの瞬間まで、ふたりとも「生きる」ことを信じて疑わなかったと大岡さんは続ける。

「映画の難病ものとかで、手を握って最期の一言を言ってこと切れるみたいシーン、ありますよね。うちの場合はまったくそんなのありませんでした。お互い、死を考えたことが本当になかったんです。
少しずつ病状が悪くなっていっても『今日はこのリハビリをしよう』『明日はジュースを作ろう』と、日々やることを二人で確認しあっていました」
 

すべての時代の、すべての雅子に会って独り占めしたかった

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2016年春、雅子さんの掲載誌をファイリングしているときの大岡監督。このときはまだ遺骨が家にあった。

しかし2015年1月29日、雅子さんはこの世を去る。そして告別式の準備の最中、大岡さんは本作の制作を決意した。

「そもそも昔からずっと映画が作りたくて今の会社に就職したんです。そして雅子もまた、映画を愛していた人。そんなふたりが好きな映画という媒体で、雅子の半生を残したいと思ったんです。
もちろん、逝ってしまった雅子への恋しさもありました。できるなら時空を超えて、すべての時代の、すべての雅子に会って、『僕はあなたのことが好きです。実は未来で僕たち、一緒になるんです』と言って、彼女の人生を全部独り占めしたい衝動に駆られました」

自ら雅子さんゆかりの人々へ取材を重ねる中、印象的だった言葉があるという。

「スタイリストの小暮美奈子さんが仰っていたんですけど、『“anan”とかに出ていた若い頃に比べて、雅子さん今はほわっとしてるでしょう』と。
たしかに30年分の雅子のキャリアを並べて見てみると、20代はミステリアスで鋭利で体温を感じないような雰囲気なんですが、40代になると表情も柔らかくふんわりしている。それはかなりの変わりようで、改めて小暮さんに教えてもらった気がしました。
20歳から50歳まで、30年間の彼女のキャリアを追いかけたことで、雅子というひとりの人間を通じて、女性という性の移り変わりを目の当たりにできた気がしています。
さらに僕はずっと夢だった映画を、大好きな人を題材にして作ることができた。間違いなく雅子が生きていたときより自分自身がアップグレードされたと思います。『じゃあ雅子は死んだほうが良かったのか?』と考えることもありました。でも人生にタラレバはない。結局、目の前にあることがすべてで、それに日々、全力を尽くすだけなんだと思うんです」
 

<映画紹介>
『モデル 雅子 を追う旅』

1984年、19歳でモデルデビューした雅子。20代では『anan』や『流行通信』、30代では『LEE』『クロワッサン』、そして40代では『GLOW』『家庭画報』などの誌面を飾り、第一線で活躍し続ける。そして50代になり、“雅子流”の齢の重ね方が注目されつつある中、希少がんで逝去してしまう。
そんな中、雅子さんの夫・大岡大介さんが彼女のキャリアを後世に残すべく、すべてを自力で制作し、映画を作ることを決意。手でちぎられた20年以上前の雑誌の誌面や貴重な雅子の肉声、さらにモデル・ファッション業界の知人たちが彼女の息吹を伝えてくれる。

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公開日:7月26日(金)から8月1日(日)@UPLINK吉祥寺にて1週間限定公開/全国順次公開
配給: フリーストーン
出演:雅子/インタビュー出演(登場順):安珠、田村翔子、藤井かほり、髙嶋政宏、中田秀夫、石井たまよ、竹中直人他
監督・プロデューサー:大岡大介
©︎2019 Masako, mon ange.


取材・文/小泉なつみ
撮影/水野昭子
構成/片岡千晶
(この記事は2019年6月25日に掲載されたものです)
 
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