しかし、あまりに品薄になったことを見かねて、シンガポール政府が打ち出したのは、「DO NOT WEAR A MASK IF YOU ARE WELL(健康ならマスクをしないで)」の広告。新聞の一面広告などで強く訴え、同時に咳や鼻水がある場合に必要なマスクについては全世帯に4枚ずつ、地域のコミュニティセンターなどを通じて配布すると発表したのです。
実際問題マスクの数が足りない中でパニックを防ぐという目的もあったとは思いますが、確かに、懸念される症状がある人の咳やくしゃみによる飛沫感染を防ぐことができれば、健康な人がしなくても感染は防げるという考え方はできます。この日から、マスク姿の人は、政府の広報を見ていないであろう外国人や、混雑したバスの車内など以外、屋外の広い通りなどでは明らかに見かけることが減りました。
シンガポールは1965年にマレーシアから独立しましたが、その経緯は必ずしも「望んだ独立」ではありませんでした。建国の父で初代首相のリー・クアン・ユー氏は著書『回顧録』の中で、むしろマレーシアと方向性が決裂して独立を「押し付けられた」と述べています。
資源もなく、他国に囲まれた小国が現在の経済発展にまでこぎつけるのには想像を絶する努力があったのだと思いますが、それを可能にしてきたのが国民アイデンティティの形成と、能力主義に基づき優秀な人材を登用し統治を進めるメリトクラシー的な体制です。
現在は格差の拡大なども問題になりつつありますし、一党独裁制的な政治システムには十分な民主主義が機能していないという批判もありますが、それでもこうした緊急時に統制を効かせて素早く対応していく姿勢はこの国が常に危機感とともに成長してきたことを思い出させます。
そのリー・クアン・ユー氏は首相時代の1995年前後までは欧米の福祉国家の失敗に対比させ日本を持ち上げていましたが、晩年の書『One Man's View of the World』(2013年)では「もし私が若い日本人で、英語が話せたら、私は日本を出ていくだろう」との辛口のコメントをしていたといいます。新型コロナウイルスについては世界中で早く収束することを祈りますが、五輪開催の今年、日本政府には様々な対応への迅速な判断が今後ますます求められそうです。
前回記事「仕事と育児の両立問題『バラ色の国』はあるか」はこちら>>
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