男性が女性に、女性が男性になる異性化現象。
症例は極めて少なく、研究もほとんど進んでいない。
最新の医学をもってしても、対処はおろか、原因の解明もままならない――。

ある日突然、完全に異性の体になってしまう「異性化」という謎の現象を軸に、夫婦の関係やジェンダーギャップ、自分という存在の曖昧さなどを浮き彫りにしている漫画『個人差あり〼』。2019年11月に最新刊4巻が発売され、現在は「コミックDAYS」と「ミモレ」「現代ビジネス」で連載が続いています。

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現実離れした設定でありながら、主人公たちが直面する悩みや不安、葛藤は大人なら一度は遭遇するリアルなものばかり。どのようにしてこの物語が生まれたのか、どんな思いで執筆を続けているのかなどを漫画家の日暮キノコさんにお伺いしました。

 


ジェンダーギャップという社会問題に斬り込みたいわけじゃない


磯森晶32歳、男。100均ショップの商品企画部に在籍している、ごくごく普通の会社員です。2歳年上で作家の苑子とは結婚5年目ではあるものの、二人の会話はごくわずか。晶に思い当たるとすれば子どものこと。結婚当初は子どもを欲しがっていた苑子がいつしかその話をしなくなり、次第に触れづらい雰囲気になってしまったのです。そんな時に、晶は原因不明の頭痛に襲われ、救急搬送された病院で、気づいたら女性の体になっていました。苑子は驚きながらもその事実を冷静に受け止め、「女」の先輩として、晶を受け入れていきます。

 

何かのきっかけで突然性別が変わったり、男女間で中身だけが入れ替わったりする、という設定の物語は、漫画やドラマ、映画などではさほど珍しくはありません。『個人差あり〼』は、突拍子もない設定であるにも関わらず、読み始めると、すんなりとその世界観に入り込んでしまうことができます。

「異性化する体質という設定だけが特殊で、あとは私たちの現実世界と変わらないからでしょうか。ラブコメで男女が入れ替わって……、というのはよくありますが、30代の既婚男性がいきなり女性に、というのはあまりなかったんじゃないかと。異性化といえば、私は『らんま1/2』が一番先に思い浮かび、あのわちゃわちゃした展開が好きなんですけど、私なら人間関係はどうなるの? といった部分を描きたいと思いました。だから、これは地に足のついた『らんま1/2』みたいな感じです(笑)」

日暮さんは、交際10年、同棲8年目のアラサーカップルの日常のすれ違いを、男女の視点で交互に描いた『喰う寝るふたり 住むふたり』など、男女の感じ方の違いや、お互いのことをわかっているようで全然そうではない様子などをリアルに描き、多くの読者の共感を得てきました。

物語の中で、満員電車の中で痴漢に間違われないように、必死でつり革を両手で掴んでいた男性の晶が、女性になって初出勤の日にいきなり痴漢に遭って気持ち悪さにぐっと耐えたり、取引先の男性に「女になったらおっぱい触り放題じゃないの!」という直球のセクハラを食らったりと、ジェンダーギャップを一人で一身に受けています。

「ジェンダーという社会問題を描いている場面もありますが、その問題について斬ってやると思ってやっているわけじゃなくて、そもそもの男女差があることに気づいたり、それをシンプルに面白いと捉えたりするだけでもいいんじゃないかと思っています。それこそ個人差もあるわけですし。男女間に限らず、同性同士でも自分にはない発想や、自分とは違う部分があることが人間関係の楽しさだと思うので」


いきなり女性になって一番戸惑うのは当然のことながら晶本人ですが、周囲の人たちの反応もさまざまです。女性になった晶は、会社で尊敬していた雪平先輩にときめきを感じるようになり、二人で行った出張先で一線を超えてしまいます。さらには、その時のセックスがきっかけで晶は男性に戻るという驚きの展開に。普段は冷静で頼りがいのある先輩でも動揺するのは無理もないのですが、妻子ある雪平先輩は、男性に戻った晶に対して極端によそよそしくなり、挙句の果てに「おまえとはリスクの大きさが根本的に違うんだよ」と言い放ちます。

 

一方、晶の上司である澤部長は、晶が再び男性から女性に戻ってしまうのですが、それでも「磯森の性別を相手に仕事をしたことがあるかな?」と、性別で見方を変えることなく、晶本人を自然に受け止めてくれます。

 

「異性化で激動しているのは晶ですが、それによって周囲も自分の裏側や二面性に気づいたり、行動が変わったりするはずで、この物語では異性化した晶を中心に相関図が変わる、という感じを描きたかったんです」


男女というくくり自体がまず大きすぎる


人は相手をその人本人として見ているのか、男か女、既婚か未婚、夫や妻といった属性で見ているのかというのは曖昧なところだったりします。そして、そのことによって態度を変えられたり、差別的な扱いを受けたりすることも、その逆もあるわけですが、日暮さんはそんな風潮に疑問を感じています。

「私にそうしたカテゴライズの先入観が全くないとは言い切れないし、意識していないところで誰かにそういう言動をしているかもしれません。でも、人が他の人を区別したり、差別したりするのはなんでだろう? ということはいつも感じています。それには母の影響があるのかもしれません。母は私が小学校の時、配られたファイルの色について学校の先生に『なんで男の子はブルー、女の子はピンクなんですか?』と質問しに行ったくらいで、私は一般的に“そういうものだ”と言われているものをそのまま受け取らない環境で育ってきました」

晶と同じ異性化体質を持つ真尋が晶に対して、「雑なんだよ、一括りが。その中にもいろんな奴がいるんだから」と言う場面があるのですが、そもそも世界は男か女、というようにきっちりと2つに分けられるものなのか? という疑問を読み手に問いかけてきます。

 

「男女というくくり自体がまず大きすぎるし、例えば、同じ女性の中でもいろんなタイプの女性がいるはずです。また、LGBTQの方を性的少数派と呼んでいますが、異性愛者も含めて人が誰を好きになるかも千差万別。少ないからといって差別する感覚は、私にはわからないんです」

 
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