こんにちは。ミモレの川端です。
少し前に「編集・ライター養成講座」なるものに登壇する機会がありまして、「デジタル編集者に求められるもの」という恐れ多くも大きなテーマをいただいてお話しをしました。

求められているかどうかはわからないけれど、自分自身が必要だなと思うのは「好き」を褒める力
だと思うとお話ししました。

ニュースサイトとかジャーナリズムの世界のデジタル編集者だとまた違うと思いますが。“デジタル編集者に〜”という意味で挙げたのは、メディアによっては

「自分は全然好きじゃないし、興味もないけれど、今これが若い子に流行ってるらしい」

っていうスタンスでも企画が成立するものもあると思います。でも、デジタルだとその本音は伝わってしまう気がして。たとえ対象読者が自分と世代やテイストが違っていたとしても、自分が「好きじゃない」ものは伝えられないんじゃないかと、常々実感しておるわけなのです。

先日、大草さんと行ったイタリアンで。コラムに書いていたお店とは違うんですが、人が選んだお店を必ずすごく褒める。大草さんは”絶賛力”がめちゃ高いなぁといつも思います。

実際、「好き」なものを相手にわかるように褒め、それをおすすめするって結構難しいし、いろいろ露呈して恥ずかしい(照れ臭い)。映画や本のことを書くときは、もっと知識のある人が読んで「けっ浅いな」とか思われたら嫌だなあと思って躊躇することも多くて。

それは多分、「好き」を褒める訓練をほとんどしてきてないからなんじゃないかと最近思うのです。

例えば、小学生から読書感想文などは書かされるわけですが、課題図書とかいう子ども心にはクソつまんない(クソとか使うと酒井順子さんに怒られてしまう……!)本を読んで、無難に作文にまとめる技術はたしかに身に付くかもしれない。

私自身、小さい頃から本は好きでしたが、課題図書はたいてい好みじゃなくて。真面目でつまんないな〜と思いつつ、自分のネガティブなエピソードなどを交えて感動話に如才なく仕立て上げ、読書感想文コンクールにエントリーされたりする、という。まあほんと今と変わらないけれど、小賢しいksgk(クソガキ)でした(汗)。

身内を褒めるのは恥ずかしいという風潮があるからか、「愚妻」とか(最近はあまり言わないかもですが)、若い子だって、「うちの彼氏、バカだからさ〜」みたいな、好きな人を下げて笑いをとるエピソードトークのスキルだけが磨かれていくわけです。

なんでそんなことを考えたかというと、最果タヒさんの最新刊『「好き」の因数分解』を読んだからです。(←と、ここまでが壮大な前振りやったんかーい。いつも前置きが長くてすみません……)。

最果さんの好きなものを3方向に分解して分析し、解説している面白い試みの本です。因数分解ってどういうやつだっけ?と思って、思わずググってしまいました。



「言葉のプロ」ってこういうことだわ〜〜〜〜!!!

と、ひれ伏しました。講座で偉そうに喋ったことが恥ずかしくて恥ずかしくて震える。

最果タヒさんが好きと挙げてらっしゃるものに、共通するものもあったけれど(「東京タワー」「宇多田ヒカル」「レゴ」「新幹線」など)、私にはあまり興味がないものもあったりして(「UFOキャッチャー」「マックグリドル」「食べ放題」など)、でも、人がハマってる話を読むのって癒されるんですね。へえ〜そうなんだ。そんなにハマってかわいいなあと思ってしまいました。

その「かわいい」という感情についても、最果さんはこの本の中で以下のように書いています。

「かわいい」と思う心臓は昔からこの体に宿っていたとわかるのに、「大人っぽい」とか「凛としている」とかの感覚は、後付けされたものであるとどうしても思ってしまう。小さい頃「わあ〜凛としてる!」とかお花見て思ったことないよ。誰がくれた感性なんだろう、こういうこともあって、「かわいい」が今でも直感的に出てくる言葉なのかなと思っている。

ああなんてキュンとする表現なんでしょう。

好きなものを褒めている人を見て、かわいいなって思う“心臓”が昔からこの体に宿っていたとしたら、なんかいいじゃないですか。

もっと褒めよう、と思ったり。
やっぱり「好き」を人に説明するのって難しいと思ったり。

今、ぱっと思いつく、あなたの好きなものがあったら、それがなんで好きなんだろう、どこに惹かれるんだろうって3つくらいに分解してみてください。自分の中のかわいい部分にたどりつくかもしれません。

私は何かな〜。「Perfume」がすごく好きなんですけど、「ダンス」「仲良し」「広島弁」とかかな。Perfumeはそもそも存在がかわいいもんな〜。

ではではまた〜!