1989年に創刊、休刊となる2007年までの間に圧倒的なファッション哲学で多くのファンに愛された女性誌「ヴァンテーヌ」。今もなお新鮮に響く「ヴァンテーヌ」のおしゃれ哲学が、もし2020年に甦ったとしたら‥?「ヴァンテーヌ」で編集者人生をスタートした大草ディレクターによる特集を、全4回でお届けします! 

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立教大学で出会った、
「ヴァンテーヌ」が教えてくれたこと


持っているバッグがその人の経済力を語り、モードに精通していることだけがおしゃれではない、と教えてくれたのが「ヴァンテーヌ」でした。大学の生協で偶然出会った1冊の雑誌は、「ファッションにかけられるお金がふんだんではなく」「ブランドのこともよく知らず」「自分の見かけにコンプレックスばかりを抱いていた」私に、そしてそれまでのファッション誌に違和感を抱いていた女性たちに居場所を作ってくれたのでした。

 

朝選び、着ている服は、私たちの知性そのものであり、マナーを映し、会う人や行く場所への誠実さを表している――というのが、衝撃的なメッセージで。コットンのブルーのシャツ、小さなアコヤ真珠のネックレス、グレーのフラノのパンツ。毎号のように出てくる、こうした「質の良い普通のアイテム」こそ、その組み合わせと着こなし方に、「ヴァンテーヌ」のメッセージが込められていたのでした。さらに、服だけでなく、髪形やメイクはもちろん、発する言葉、もしかしたら所作の1つ1つまでが「私たちのおしゃれ」につながるのだ、という哲学をもっていたのは、「ヴァンテーヌ」だけだったと思います。「おしゃれをすること」は、特別な人しかもてない特権ではなく、後天的に学べ、すべての人に平等である――細かな計算の上に成立していたコーディネートの1つ1つ、すべての見出しは、実は私たちを、「おしゃれになること」へのコンプレックスから自由にしてくれたのです。

この企画では、こうした「ヴァンテーヌ」のメッセージ、哲学を、今の服で今の気分で咀嚼してみました。「ヴァンテーヌ」のファンの方も、名前も知らなかった、という方も。新しい目で、気持ちで、読んでいただけたら、と思います。

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シンプルで上質な定番アイテムを、コーディネートによって、洗練された自分らしいスタイルへと導くセオリーが満載だった「ヴァンテーヌ」。その哲学はいまもなお色褪せない。また「甘辛バランス」をはじめとした独特のおしゃれ用語も多数生み出しました。「ヴァンテーヌ」1991年10月号©ハースト婦人画報社 

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「ヴァンテーヌ」1997年9月号(右)と最終号となった2007年12月号(左)。最終号のテーマは「考えるおしゃれは永遠に」でした。©ハースト婦人画報社

大草 直子

 

いま改めて考えるー
時代に翻弄されない、
“考えるおしゃれ”って?

 

正統の美しさに、
小さな冒険心を効かせて

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シャツとパンツの間に、モーヴピンクのベルトを。レザーの素材感をプラスするという意味に加えて、シャツのピンクをさらに力強く立たせていく意味も。指先にはさまざまな「春の色」を飾り、饒舌で雄弁な手元をつくります。シャツ¥26000/アーチ ザ(ジャーナル スタンダード 表参道) パンツ¥23000(マルティニーク)・バッグ¥43000(ウィッカー&ウィングス)/マルティニーク ルコントルミネ有楽町店 ベルト¥23000/レイチェル コーミー(RHC ロンハーマン) フラットシューズ¥25000/プリティ・バレリーナ(F.E.N.) リング〈右手中指〉¥220000、リング〈右手薬指〉¥158000/マリハ(マリハ) リング〈左手〉¥9000/アダワットトゥアレグ ネックレス¥295000/チェリーブラウン(チェリーブラウン)

1枚のシャツをどんな女性像で着るのか。
まずはそこからスタート


シャツはヴァンテーヌの定番であり、アイコニックなアイテム。表紙にも何度も採用されていました。シャツは、女性像を表現する画用紙のようなもの。襟をどう立てるのか、ボタンをいくつ開けるのか、そして袖は? 合わせるボトムはもちろん、こうした着方で、その日の女性像を表現します。そして前立てが女性のデコルテに落とす影はとても美しく、そのとき、ネックレスは必要不要? と、深く狭い思考が必要になるのです。情報が目の前をものすごいスピードで通り過ぎていく今だからこそ、1枚のシャツを目の前に少し「時間を止めて」みませんか? 

例えばピンクのシャツ。スイートピーの花びらのような繊細さと透明感がありながらも、少し大きなシルエットだからラフにスタイリングできる1枚。ヴィンテージライクなカーゴパンツを合わせて、ミラノの街角を歩く女性のような着こなしに。袖口だけを軽くまくり、ボタンは2つはずして。リネンのざっくりしたシャツであれば、3つ目も開けていたかもしれないけれど、光沢のある美しいコットンは、Vゾーンを少し浅めに作ります。そしてアコヤ真珠のネックレス。髪の色が明るいミラノの女性であればゴールドでも良いけれど、日本人のダークで艶やかな髪には、きゃしゃな白がマストなのです。

時間をかけて組み立てたコーディネートは、それだけ人の記憶にステイし、着る人の印象を確かなものにしていく――そんなふうに思います。

 
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