ライフネット生命を創業した後、立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任した出口治明さんによる、ミモレ読者に向けた「コロナ時代をよりよく過ごすための特別講演」の第二回。
『還暦からの底力―歴史・人・旅に学ぶ生き方』(講談社現代新書) を刊行したばかりの出口さんより、今回は、コロナショックがもたらす働き方、家族、教育の変化に焦点を当て、この先の社会について語っていただきます。
さらに、“コロナ後の新しい社会”に備えて、読んでおくべき、おすすめの本をうかがいました。
コロナショックを経験し、社会はよくなっていく
今回お伝えしたいのは、希望を持ってください、ということです。
もちろん、コロナショックは前回もお伝えした通り巨大な自然災害(パンデミック)ですから、被害は地球規模で非常に大きく、痛ましいものです。しかし、このパンデミックが私たちに強いているステイホームは、確実に私たちに良い変化をもたらします。すでにコロナショック以前よりも良くなっている部分や、これから良くなる可能性が、いくつも見えているのです。
最大の成果は、確実に市民、社会のITリテラシーが向上したことです。元々日本は先進国の中ではITリテラシーが低いといわれていました。書類のやりとりもオンラインではなくFAXで行う企業や役所が多く、テレワークやオンライン授業も一般的に普及しているとは言い難い状況でした。
でも、今回のコロナショックによるステイホームで、テレワークやオンライン会議・授業なしには仕事ができなくなりました。その結果、今まではITを活用したテレワークやオンラインコミュニケーションに疎かった人たちも半ば強制的に、ITリテラシーを身につけないと仕事に対応できなくなったのです。
それから、働き方にも変化が生まれています。子どもたちの登校や登園ができなくなり、親の働き方に影響が出ているのです。テレワークが難しい状況で、子どもを学校や保育園に預けられないわけですから、子供が小さければ親が面倒を見る必要があります。
そこで、APUでは、2月27日に首相が学校の休校を要請した時から、「子連れ出勤」を始めています。子連れで出勤したスタッフは、大会議室にコの字型に机をおき、真ん中を子どもたちが遊ぶスペースにして、子どもが遊んでいる様子を親が見守りながら働けるようにしたのです。子どもたちの中では、自然に上級生が下級生の面倒を見たりしています。
子連れ出勤を導入して1ヵ月以上が経ちましたが、ほとんど仕事に支障は出ていません。ベンチャー企業では子連れ出勤可能な会社もあり、APUでもこのまま恒久化して、必要な時にはいつでも子連れ出勤できるようにしようかなど思案しています。
働き方の変化はもうひとつあります。今までは半ば当たり前の悪しき習慣であったサービス残業や付き合いの飲み会がなくなったという点です。皆が自宅でオンラインシステムを通じたテレワークを行う中で、オンライン飲み会なるものが流行しているようですが、上司とオンライン飲み会をする人はあまりいないようです。今までは、付き合いで飲むのもビジネスパーソンの仕事のうちだとばかりに「飲みニケーション」が奨励されてきました。ですが、ステイホームを機に、なくてもいいとみんながわかってしまったのです。本当の意味で、働き方改革が前に進み始めたといえるでしょう。
本当の働き方改革が始まる
働き方改革は、元々過度の長時間労働への問題提起から始まっています。今回、コロナショックをきっかけにした、ITリテラシーの向上や付き合い残業の機会の減少で、労働の在り方自体も変わってくるでしょう。
そもそも日本人の労働時間は他の先進国に比べると、非常に長いのですが、その長時間労働の習慣が変わると考えています。日本の正社員の労働時間は、平成の30年間で一切減らず、年間で2000時間を超えていました。当たり前に長時間働く習慣が出来上がっていたのです。しかし、今回のステイホームをきっかけに、移動時間などを含め、短縮できる時間が多くあることがみんなわかってきました。
どの程度まで労働時間が減らせるかの参考指標として、同じく高齢化が進んでいるヨーロッパの動向を見てみましょう。日本では年間2000時間働いているのに対し、ヨーロッパの年間平均労働時間は1400時間程度です。労働時間が短いからといって、必ずしも国民一人あたりのGDPが低いというわけでもありません。例えばフィンランドの国民一人当たりGDPは、日本の1.25倍です。しかも、日本の1%成長に対して、短い労働時間で2%成長しているのです。
今回、おすすめしたい本の一冊目は、このような日本の労働慣行や働き方をあらためて見つめ直すのに適した一冊です。長時間労働をせずに、日本よりも高い成果をあげている国、フィンランドの働き方について書かれています。
フィンランドの有給消化率は100%、3割が在宅ワークで社会が成り立っています。バカンスなどリフレッシュ休暇も充実していて、例えば夏休みは平均で一ヵ月という働き方をしながらも、国民一人当たりGDPは先ほども述べた通り日本よりも上です。
この本は、私たちがそのような働き方にシフトして行くためのヒントがつまった一冊です。
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