「愛とは完全性に対する欲望と追及である」。プラトーの言葉の引用から始まる、Netflixオリジナルドラマ『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』。私が外出自粛中に観まくったエンタメ作品の中で最もお気に入りのこのドラマは、高校時代はスタンダールの『恋愛論』をボロボロになるまで読み、ちくま文庫の偉人たちの恋愛名言を集めたシリーズを愛読していた恋愛名言マニアの私のハートを、プロローグからもう鷲掴みにして来ました。「これ、絶対私が好きな感じのやつ……!」。同じくNetflix制作の映画『マリッジ・ストーリー』もそうだったのですが、いい作品って、もう、出だしの場面やセリフからそれがわかりますよね。

Netflixオリジナルドラマ『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』 写真:Everett Collection/アフロ

「古代ギリシャでは、人は4本の手足を持ち、ふたつの顔を持っていた。幸せで、完璧だった。完璧すぎたので、神は人間の力を恐れ、体をふたつに引き裂いた。半身をうしなった人間は、地上をさまよう。「もうひとつの片割れは、どこにいる?
永遠に求める。思い焦がれる。探し続ける。失った片割れを。自分の半身に出会うと本能でわかる。ひとつになる。これ以上の喜びはないと確信する」

 

このモノローグが示すように、身も心も完全なる融合を起こすパートナー、「ベター・ハーフ」への渇望は、人が本能的に生まれ持ったものなのではないかと、私は思っています。

ヒロインの女子高生エリー・チューは、アメリカの田舎町に住む、貧しい中国系アメリカ人。優等生の彼女は、同級生たちのレポートの代筆のバイトをしているのですが、あるとき、美少女のアスターに恋する少年からラブレターの代筆を頼まれ、エリーも密かにアスターに憧れているものの、お金のために渋々引き受けるところから始まる、奇妙な三角関係を描いた青春ラブストーリー。

『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』より。 写真:Everett Collection/アフロ

読書家のアスターは、エリーが落とした本を見て「カズオ・イシグロの『日の名残り』ね」とさらっと言ったり、エリーがラブレターを代筆するときにパクった、ヴィム・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』のセリフにすぐに気づいて返事で突っ込んできたりと、そんな田舎町には珍しい知的な少女。お互いに教養レベルや頭の良さが一緒なのでメッセージでの会話はどんどん盛り上がるのですが、アスターはそのメッセージはポールという少年が書いたものだと思っているので、会話が盛り上がれば盛り上がるほど、エリーではなく、ポールに惹かれていくことに。

『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』より。写真:Everett Collection/アフロ

そんなややこしい関係の中、エリーがテキストメッセージでアスターを口説き落とすために一生懸命考えた恋の戦略をポールが裏切って勝手な行動に出る瞬間があるのですが、「終わった…」と誰もが思った瞬間、アスターはポールのことを好きになるのです。

これぞまさに、恋の不条理ではありませんか・・・! 

私は「バツイチ先生」というペンネームで恋愛相談コラムを書いているのですが、「恋愛に絶対はない」ということを、いつも思っています。心というものは常に揺らいでいて、なおかつ人は正体不明の衝動に突き動かされて予測不可能な行動に出ることが多いため、恋愛だけは決して、理屈やセオリーでは分析できないのですよね。「絶対」がない、とでも言うべきでしょうか。

誰もが「上手くいかない」と思った恋が実ってしまったり、自分でも、「好きになりたくない」と思っていたような相手を好きになってしまったり。

『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』より。 写真:Everett Collection/アフロ

エリーは頭がいいため、途中まではアスターの気を惹くメッセージの正解がわかるけれど、そこから先の「恋に落ちる」という、彼女にとって未知の領域では、彼女の計算は通用しなかった。そして、計算だけでなく、自分の行動すらコントロールできなくなるのが恋愛なわけで。そんな風に制御不可能な状態に陥るのが怖いから、我々は大人になればなるほど、なかなか恋に落ちづらくなるのであります。

中国系アメリカ人の女性監督、アリス・ウーが脚本・監督を手掛けたこのNetflixのオリジナルドラマ(映画?)は、ジェンダーを越えた、全く新感覚の青春ラブコメドラマ。結婚とか打算とか一切抜きの、恋する高校生たちの透明感に心洗われ、そしてキュンキュンすること請け合い。いまどきの恋愛っぽいなと感じたのが、ポールとアスターが実際に会ってはいないのに、テキストメッセージだけで心の距離が急速に深まって行く感じ。マッチングアプリで知り合い、告白も別れ話もLINEで済ませるような現代の恋愛ってこういうところがあるとなあ、と。その感覚は、AIと恋に落ちる男性を描いた、スパイク・ジョーンズ監督の映画「her」に似たものがあるかも。

ときめきを思い出したい大人たちにも、おすすめの作品です。

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