コロナを機に新たな分断化が生まれている

 

――そう考えると、このコロナ禍をきっかけに自分の意見を主張しやすくなったところはあるかもしれませんね。少なくともコロナウイルスに関しては、「私は感染が怖いから行かない」などとはっきり意思表示できますし……。

岸見:一方でコロナは、新しい分断も生んでいます。最近よく「コロナと闘う」という言葉を聞くでしょう?
でもどんなに注意していても、感染するときはするわけです。なのに感染した人を非難する人がいる。一人が感染すると、近くにいた人も様々な影響を受けるため、回復した後も冷たい視線を投げられたりしています。

コロナウイルスで親族を亡くした人が、「コロナが憎い」と発言されていました。ですが、病気を憎む、あるいは病気を制圧すべき相手とみなす、というようなことが行われると、やがては病気だけでなく、病気になった人にもスティグマ(汚名)を着せることになります。
その証拠に、感染した人が幸いにも治癒したとき、周囲に謝罪するでしょう?本当は謝る必要などないのに。そういう意味で今、社会が分断化されているのです。感染した人と、自分は感染しないと固く信じている人との間で……。

――そもそも勝つとか負けるとか、そういう問題ではないですもんね。

岸見:勝ち負けではなくて、どうしたら社会が本当の意味で一つになれるかということを、考えていかなければなりません。

たとえばある事情から罪を犯した人がいたとします。そのとき「罰すればいい」と安易に言う人は多いことでしょう。
でも私は、もし自分も同じ状況に置かれたら同じことをするかもしれないと思って受け入れていく、そういう社会でないといけないと思うのです。「自分は決してそんな犯罪を犯すような人間ではない」、そう思って罪人を分別してしまうことが、あらゆる争いの源泉だと知るべきなのです。

そういう意味では、翻って考えると自粛警察となる人も決して自分と遠い存在ではないと言えます。
今、マスクをしていない人を見たら怖いと思うでしょう?怖いと思うだけならいいですけど、「非常識な人だ」と怒りを覚えることもあるのではないでしょうか。
そのように、誰もが同じ行動を取る可能性がある、というところまで立ち戻らなければ、社会は一体化しないと思うのです。

 


戦うべきはコロナではなく変わろうとしない人たち


――ますます、元の価値観に戻ってはいけないんだなと痛感してきました。元に戻ろうとすることは、突き詰めれば自分と違う考えを否定し、分断化を促進することにもつながるわけですよね。

岸見:伊坂幸太郎さんが『PK』という小説を書かれているのですが、この本では冒頭でアドラーの言葉が引用されているのです。ただし、アドラーの原文ではあっさりと「勇気と臆病は伝染する」と書かれています。
でも伊坂さんが天才作家だなと思ったのは、その言葉の後の部分、つまり「臆病は伝染する」というテーマで小説を書き始めていたことです。我々は口実をもうけて課題から逃げようとするし、いともたやすく圧力に屈する、と。
たとえば「嘘をつけ」と言われれば、皆嘘をつくわけです。小説では、そのように臆病は伝染するという話がずっと書かれています。

ところが終盤になって、登場人物の一人が伝染するのは臆病だけではない、といい、勇気も伝染するという話になるのです。
そのとき読者は、そうか、勇気は伝染するのだと気づかされるのです。私はこのくだりを読んで、勇気をまず自分が持たないといけないのだと強く思いました。

小説を読んだのは今回の出来事が起こる随分前のことですが、「一人が変わることで世の中は変わり得る」ということを強く教えてもらいました。
コロナ禍をきっかけに、そういった勇気を持った人が前向きになり、伝染し、マジョリティになりつつあるのではないかと思います。だからこそ時代を元に戻してはいけないし、必ず変わるだろうとも思っています。

――そうお聞きすると、戦うべきはコロナウイルスではなくて変えようとしない人たちかもしれませんね。

岸見:これまでは上が白と言ったら黒いものも白だった。上から「嘘をつけ」と言われたら嘘をついていた。そうやって自己保身に走って、実際に昇進していましたからね。
賭博をしても捕まるどころか、退職金を得る人すらいました。こんな世の中はおかしいと、皆が思わなければいけないはずです。

しかし今は、少しずつですが声を上げる人が増えてきたわけです。
「声を上げても誰も賛同してくれない」と思わなくていい時代に、我々はきていると思います。変えようとしない人は手ごわいですが、今までと同じではだめなのだと分かるよう、粘り強く説得していくしかありません
そういう動きがあれば、彼らもやがて気づくでしょう。「否定し続けていれば不正も通る」というやり方はもう通用しない、ということに。

そういう意味では、私はこれからの世の中に対してやや楽観的になっているのです。

撮影/目黒智子
取材・文/山本奈緒子
構成/片岡千晶

 

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第2回「コロナ時代に変わる幸福観「成功を諦めれば幸せに」」>>

第3回「ストレスを感じる家族関係の見直し「いつも一緒、でなくていい」」>>

 
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