『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の著者として知られる岸見一郎先生に、「コロナ禍をどう受け止めるか?」をお聞きするインタビュー。「変わろうとしない人たちとの付き合い方」について伺ったのに続き、岸見先生と共に「幸福」というものについて考え直してみたいと思います。
岸見一郎
1956年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健と共著、ダイヤモンド社)、『哲学人生問答17歳の特別教室』『人生は苦である、でも死んではいけない』『今ここを生きる勇気』など多数。公式ツイッター:@kishimi 公式インスタグラム:@kishimi
我々は仕事のために生きているのではない
――前回はコロナ禍においても「変わろうとしない人」との付き合い方についてお話を伺いました。それが職場の上司などの場合、声をあげていくことが大事だけれど、それでも変わらない場合は転職するぐらいの気迫が必要だと……。
岸見一郎先生(以下岸見):はい、そこで今回は「そもそも仕事とは何か」ということを考えてみたいと思います。当たり前のことを言いますが、我々は働くために生きているわけではありません。
たとえば私は心筋梗塞を経験しているため、毎日心臓の薬を飲んでいます。それを飲まないと必ず悪くなるので飲み続けているのですが、だからといって薬を飲むために生きているわけではありません。
仕事も一緒で、仕事をするために生きているというのは間違いだと思うのです。ですから「こんなに一生懸命仕事をしているのにちっとも幸福ではない」、あるいは「すごく辛い」と思っている人がいるとすれば、それは仕事の種類、あるいは仕事の仕方に改善の余地があると考えたほうがいいでしょう。
今回のコロナをきっかけに、そのことがより鮮明になってきた人は多いのではないでしょうか。今こそ、本当に大切なことは何かを考えないといけないと私は思っています。
――たしかに、生きるために働いているのに、いつの間にか働くことのほうが優先してしまっている人は多いかもしれません。
岸見:あるテレビ番組で、70代の男性がインタビューに答えているところを見たのです。その方は最近妻を亡くされたばかりでした。そして「仕事なんかどうでもよかったんだ」と言っておられるのを聞いて、本当にその通りだと思ったのです。
その方は生涯身を粉にして働き続けてこられたのでしょうが、「本当に大事なことは仕事ではなくて妻と一緒の時間を過ごすことだった」と、妻を亡くしてからようやく気がつかれた。
そのようなことを伝えていた番組だったのですが、今はまさに、そのように本当に大事なものは何か、自分が生きていくうえで重要なことは何か、それを見直す機会を得ていると思うのです。いや、むしろこの機会をそう生かさなければならないと思っています。
数える人生をやめるべき時にきている
――ただコロナが終息するのを祈って待ってはいけないということですね。
岸見:最近話題になっている本に、パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代のぼくら』という一冊があるのですが、その中で彼はこのように言っています。「こんな大きな苦しみが無為に過ぎ去ることを許してはいけない」と。
我々はこれだけのことを経験した以上、これを無意味に過ぎ去らせてはいけない。本当にその通りだと思いました。
――これまでの考え方や価値観を変えていかなければならない、ということですね。
岸見:彼はこうも言っています。「感染の流行中は誰もが色々なものを数えてばかりいる」と。
たとえば新聞を読んだりニュースを見ていると、「今日の感染者数は何人」などと出ていますね。緊急事態宣言が敷かれていた頃は、さらに「解除されるまで何日あるのだろう」とか「病床数を何床確保した」とか、常に数えてばかりいたわけです。
ジョルダーノは旧約聖書の「詩篇」を引きながら、聖書はそれとは別の数を数えるように勧めているのではないかといっているのですが、数えることすらしない人生があってもいいのではないか、と私は考えています。
――おっしゃる通り、無意識でしたが数えてばかりですね。コロナに限らず「もう何歳だ」とか、「貯金がいくらあるか」とか……。
岸見:成功を求めて生きているからです。哲学者の三木清は成功は「量的」なものだといっています。
成功したい人は常に数えるのですよ。何歳までにこれをして、目標年収はこれぐらいで……と。
ですが今や、そのように数えることにはもう意味がありません。
なぜなら明日もどうなるか分からないわけですから。本当に、1週間後はどうなっているのか誰も分からないくらい、大変なことになっています。なのに人生設計を立てるとか、ありえないでしょう?
ですから明日を恃まずに、今日のことだけ考えていかなければならない。今日生きることだけを考えるのであれば、数える必要はありませんから。1週間後に何をする、1年後にこうなっている……、それはすべて成功を前提とした話なのです。
――はい。
岸見:三木清は、「成功は過程である」という言い方をしています。
何かの目標を達成しなければ成功したとは言えません。有名な学校に入ること、有名企業に就職すること、結婚すること……。
他方、三木は「幸福は過程ではなく存在である」とも言っているのです。つまり、我々は何も達成しなくても幸福である、明日を待たなくても今日この瞬間に我々は幸福であることができる、ということ。そのような価値観を身につけないと、我々はこのコロナ禍を生きることはできないと思います。
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