息苦しさはあなたに責任があるのではない


佐藤 すごく興味深い本がありました。社会学者の岡檀(おか・まゆみ)さんが書いた『生き心地の良い町』(講談社)。岡さんは日本で最も自殺率の低い徳島県旧海部町(現・海陽町)でフィールドワークをおこない、他の地域にはない「自殺予防因子」を探るんです。なぜ、この町では自殺者が少ないのか、岡さんはその理由をこう示しています。

まず、人や考え方の多様性が認められていたこと。どんな人がいてもいい、いるべきだ、といった考え方が町に浸透している。次に、人物本位主義が生きていること。職業上の地位、家柄、学歴ではなく、人柄を見て判断するのだという考え方が重んじられている。そして町民の間に社会参加の意識があること。

激しいバッシングに自粛警察。コロナ禍に露呈した日本の「同調圧力」とは_img0
 

もうひとつ、町民がゆるやかにつながっていること。けっして濃厚で窮屈なつながりではなく、個人と個人が息苦しくならない距離感を保ちながら、連携しているんですね。これらは、「世間のルール」はあっても、きわめてゆるいものであることを示していると思います。

 

鴻上 それは地域の伝統なんですか?

佐藤 岡さんの推測ですが、材木の集積地として古くからたくさんの他者を受け入れてきたために、地縁血縁が薄い共同体になったのではないかと。そのなかで相互扶助に力点を置いた“やさしい世間”が歴史的に継承されてきたのではないかと思います。

鴻上 “失敗の許されない世間”が、その町では育たなかったということですね。

佐藤 そうなのかもしれません。つまり、「世間のルール」というものを少しずつゆるめていけば、おそらく自殺も減っていくんじゃないかと思うんです。だから僕としては、そうした生き方のほうが楽ですよ、ということを訴えたいんです。

鴻上 そうですよね。世界は簡単には変わらない。世間や同調圧力を一気に消し去る特効薬があるわけでもない。ただ、「楽かもしれない」道を模索することは大事だと思います。

佐藤 つまり、息苦しさを与えている「敵」の正体を知るということです。

鴻上 息苦しさの正体は、あなたを苦しませているものの正体は、まさに世間であり、同調圧力。それを知ることで、少なくとも自分自身に責任がないことは理解できると思います。
 

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『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』

著者:鴻上尚史、佐藤直樹 講談社 840円(税別)

日本人はなぜ自粛したのか、感染者がなぜ謝罪するのか。「世間=同調圧力」を生み出す日本独自のルールを解き明かし、コロナ禍の息苦しさから解放されるためのヒントを伝える一冊です。
 

構成/金澤英恵