6年ぶりの『半沢直樹シリーズ』新作がついに発売! 放送中のドラマとはひと味違った、ミステリタッチの『半沢直樹 アルルカンと道化師』で作家・池井戸潤さんが描いたのは、銀行員として、また人間として深みを増した半沢の姿です。彼のように働くために、私たちには何が必要? そんな問いを投げかけました。

 

池井戸潤
1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。’98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、2011年『下町ロケット』で直木賞を受賞。主な著書に「半沢直樹」シリーズ「下町ロケット」シリーズ「花咲舞」シリーズ、『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』『七つの会議』『陸王』『民王』『アキラとあきら』『ノーサイド・ゲーム』などがある。最新刊は『半沢直樹 アルルカンと道化師』で、9月17日発売。
 

 

【池井戸潤さんインタビュー前編】今度の半沢直樹は「探偵」役。アートを舞台に謎を追う!はこちら>>


半沢が頑張れるのは、
周囲が期待してくれるから


買収を提案された出版社を助け、その会社が抱えた問題に真摯に向き合う。一方で、パワハラ、モラハラを繰り出す上司や欲得の絡んだ取引先には一歩も引かず、正々堂々と対決して打ち負かす。
新作『半沢直樹 アルルカンと道化師』で描かれる半沢直樹は、まさに理想的な組織人。でも、こんなに仕事のできる彼なら、面倒な会社から脱出して独立してもよさそうなのですが……。「たぶん彼は、組織で生きていく人なんでしょうね」と、池井戸さんは語ります。

「とくに大きな組織に長くいた人は、自分で起業するマインドじゃなくなるのかもしれませんね。経験も知識もあるんだから何かやればいいのにと思うんだけど、周囲を見ても意外と少ない。優秀で組織で働ける頭のよさと、個人でやっていく場面で求められる賢さとかある種のしたたかさというのは、必ずしも一致しないんでしょう。
半沢はもともとはネジ工場の息子ですから、商売感覚は持っていると思います。でも、彼が銀行を飛び出さないのは……やっぱり、周りの人たちが期待してくれているからじゃないでしょうか」

確かに、同期の親友・渡真利忍(ドラマでは及川光博・演)をはじめ、志を同じくする同僚、そして、ぶつかった末にわかりあった取引先の人々と半沢は、固い絆で結ばれた同士となって、ともに巨悪や小悪人(池井戸さんが書いていてもっとも楽しいのは、実はこの種の人々なんだとか……)と戦います。

「期待されるから組織にいられるし、やりがいも感じられる。お金は儲かるけどやりがいのない仕事じゃ、面白くないですからね」
 

自分の行く末だけでなく、
社会に広くアンテナを張って


やりがい。面白さ。組織に所属し、そこで長く勤めていくには、モチベーションの維持が必要です。さらに、この春からは新型コロナウイルスの感染拡大でテレワークが浸透するなど、私たちの働き方にも大きな変化が訪れています。

自らも組織人であった池井戸さん、変わり続ける状況の中でやる気を見つけ、持ち続けるにはどうしたらいいのでしょう?

「働き方についてよく質問を受けるんですが、コロナ後の社会がどうなるかなんて、誰にも想像もつかないですし……。でも、だからいいんじゃないですか? 想像がつく世の中では、皆が同じことをするわけだけど、こういう状況下ではそれぞれが考えて、自分が『これだ』と思った行動を取る。そういう多様性のある世の中に、我々は生きているんだと」

ただ、状況判断は今以上に問われることになるだろうと、池井戸さんは続けます。

「昔はそんなに人員の移動がなくて、同じ会社にずっと勤めたりしていましたけど、いまは違いますよね。それにこの先、会社に行かなくてもよくなって、もしかしたら自分のスキルが会社以外でも売れるようになることもあるかもしれない。広くアンテナを張って情勢を見極めながら、誰もが社会における自分のベストポジションを探っていく、そんな時代になるんじゃないでしょうか」

一方で、自分のことだけでなく常に心に置きたいのは、困難を抱えた人のこと。とくに近年の若者や子どもの貧困の深刻さには、池井戸さんも懸念を抱いているといいます。

「日本の子どもの貧困率は、実は相当高い。そして、コロナ禍で仕事を失う若年層も増えています。彼らが貧困を脱出できなければ、日本はそのぶんの労働人口を失うことになるんですよ。会社でやる気が出ないような人には自分で何とかしてもらって、何とかしたくてもどうにもならない人を救うところに、もっと知恵とお金を使うべきだと思いますね」

社会を見渡しつつ、苦境にある人のために働く── そうすれば、私たちも半沢に一歩、近づけるのかもしれません。

『銀翼のイカロス』(文春文庫)

2008年刊行の『オレたちバブル入行組』から幕を開けた『半沢直樹シリーズ』。12年間、組織人として戦い続けた半沢の物語は、これからも長く続いていく……はず。「半沢直樹をはじめとしたシリーズものと、まったくの新作、それを交互に書いていけるといいなと思っています」と池井戸さん。

 

<作品紹介>
『半沢直樹 アルルカンと道化師』 池井戸潤

9月17日発売・講談社 1600円(税別)

東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、業績低迷中の美術系出版社の買収案件が持ち込まれる。
強引な買収工作に抵抗する半沢は、やがて背後に潜む秘密の存在に気づく。探偵・半沢が「絵画」の謎に挑む!

取材・文/大谷道子 撮影/小林司

 

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