「若さ」を欲するのは男も女も同じ
――10歳も年下の男にときめくなんて……しっかりしてよ、私ってば。
一日がかりの撮影を終え赤坂見附でメトロを降りると、早希はひとり苦笑しながら歩いた。
よりによって北山隼人はありえない。
もう長らく恋愛どころか艶っぽい出来事からも遠のいている自分が太刀打ちできる相手じゃない。いや、その前に、ただ軽く会釈をされたくらいで年増の女が可能性云々を考えていること自体、若く未来ある隼人に申し訳ない。
――逆セクハラとか思われたら困るし。気をつけなきゃ。
これまでは年下に興味などなかったのに、歳をとるにつれ若い子に目が向くのは男も女も同じなのかもしれない。痛いおばさんになるのだけは勘弁だ。変な気を起こしちゃダメ……。
それにしても、と早希は振り返る。こんな風にときめいたのはいつぶりだろうか。
28歳で婚約破棄を経験したとき、もう恋愛など懲り懲りだと思った。男女関係には得手不得手があるのだと悟り、無駄な恋に落ちないよう生きてきた。
二度と傷つきたくない。もしまた裏切られたりしたら、絶対に立ち直れないから。
12年前。裏切り者……亮平の様子がおかしいのは、ただただ多忙なのだと思っていた。
テレビ局勤務でもともと不規則だったし、仕事を理由に連絡が取れなくても約束をキャンセルされても素直に信じた。
社会人になってすぐの合コンで知り合った彼とは5年以上の付き合いで、亮平のことなら心も身体もすべて知っているつもりだった。
「ごめん……本当にごめん。俺、早希とは結婚できない」
一方的な別れ話の途中で彼は「早希とは結婚できない」と言った。そのときでさえ、早希は微妙なニュアンスを聞き流した。亮平の言葉に裏があるなんて思いもしなかった。
しかし実際は違った。婚約破棄の傷を癒す間もなく、早希は共通の知人から亮平の結婚を知らされたのだ。
発狂するかと思った。すべてが信じられなくなった。
アラサーで大失恋した女は必ず一度ビッチ化するものだが、早希も例に漏れず、その後の荒れ具合といったら……とてもここで披露できたものではない。
そんなわけで早希はもう10年以上まともに恋愛していない。言ってみれば砂漠続きだ。そこに突如、若い男が現れた。
ピチピチに潤った隼人の肌が、肉体が、必要以上に眩しく見えてしまったとしても仕方のないことだ。
「......欲求不満か」
早希は乾いた笑いで自らに突っ込むと、コートの前をしめ直し自宅へと急いだ。
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