40歳という節目で、女性は自らの生き方を振り返るものではないでしょうか。
「こんなはずじゃなかった」と後悔しても過去は変えられず、心も身体も若い頃には戻れない。
これは立場の異なる二人の女性が、それぞれの人生を見つめ直す物語。
進藤早希は婚約破棄のトラウマが癒えず未婚独身で恋愛もご無沙汰。一方、女の幸せを手に入れたはずの専業主婦・美穂も虚無感を抱えていた。
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「無難な色」しか選べない女
口紅をつけずに人前に出ると、どこか引目を感じるようになったのはいつからだろう。
1人ドレッサーに向かい、清水美穂はSUQQUのリップを唇に滑らせる。
控えめなピンク色のリップはごく自然に美穂の顔に馴染んだ。カサついた唇を潤し艶を出し、顔全体のくすみも少しばかり明るくなる。
ーー派手すぎないローズピンクなので普段遣いにピッタリですし、自然にお顔色が明るくなりますよね。
久しぶりに訪れた新宿伊勢丹のカウンターで、B Aの女性はそんなことを言っていた。
ーーやっぱり日常使いできる色は人気です。お客さまの上品な雰囲気にすごく似合いますし。
美穂は「いえいえ......」と小さく答えながら購入を決めたが、そんな彼女の唇に塗られたブラウンがかった濃い赤色がやけに印象に残っている。彼女は美穂より少し年上に見えたが、流行の色を使った最先端のメイクがよく似合っていた。
家事、息子の送り迎え、ママ友とお茶、スーパーでの買い物、そしてまた家事。
あんな派手な色、絶対に自分の生活に出番はないのに。
いつも通り無難な顔に仕上がった鏡の中の自分に微笑んでみせる。
何を主張するわけでもなく、ただ醜くない程度に化粧と身なりを整えた40歳目前の女。コロナ禍の出不精で、軽く2、3歳は老けたと思う。
もう10年以上も前、CAをしていた頃は機内誌の一面を飾ったこともあったのに。
ぼんやりと目尻の笑い皺を眺めていると、洗濯機の終了音メロディーがけたたましく美穂を呼んだ。
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