〔ミモレ編集室〕のおおつきゆみこです。
マンガ原作のドラマは、2020年もいくつか放送されていますが、わたしが今一番、ドラマで見たいと感じるマンガ、『フイチン再見!』を紹介します。
5月からの緊急事態宣言中に再放送されていた、TBSのドラマ『JIN -仁-』を覚えていますか?あのドラマの原作者・村上もとかさんが描いた、日本初の女性漫画家、上田としこの一生を描いた作品、それが『フイチン再見!』なのです。
タイトルの「再見!」とは、「再び見る(会う)」……
中国語で「さようなら」「また会いましょう」といった意味だそうです。
冒頭では、すでに女流漫画家として成功をおさめた上田としこが、テレビや雑誌でモデルとして出演する様子が描かれています。
しかし、煌びやかな裏では、寝る間も惜しんで必死に漫画を描き続ける姿がありました。
なぜこんなに必死になるのか?家族に心配された彼女は、つぶやきます。
>絶対に…男に負けたくないの…
男の漫画家だって命懸けで頑張っている…だからそれ以上に……
頑張らないと…
その様子を見たとしこの姉は、
>小さな頃からちっとも変わらない…
負けずぎらいねえ、あなたは。
とつぶやきます。
そんな彼女の描いたマンガとはどんなものだったのでしょう?
彼女の代表作『フイチンさん』では「いろんな人種の人達が共に暮らしている」
本作のタイトルの元となる、『フイチンさん』という漫画が彼女の代表作です。舞台は、旧満州(現中国東北部)のハルピン。 ここは上田としこが幼少期を過ごした街です。
主人公の「フイチン」は、富豪の家ではたらく門番の娘。さまざまな人種の隣人たちが登場し、その中で起きる争いや差別を天真爛漫さではねのけていくというコミカルな雰囲気のマンガです。
昭和初期、『女が漫画家を目指す』という道などまだ何もなかった日本で上田としこは、漫画家を目指し、漫画家になったのです。では、この作品をどうやって生み出したのか。『フイチン再見!』では全10巻、上田としこの生涯が細やかに描かれていきます。
ここからは本作の見どころをご紹介します。
人生の本質にせまる名セリフ
ドラマ『JIN -仁-』では「神は乗り越えられる試練しか与えない」などの名セリフが多く出てきていました。原作者が同じ『フイチン再見!』も、人生の本質にせまるセリフが登場するのが見どころです。
・「漫画家は屑拾いと同じ」
「漫画家になる」ことばかり考えていて、
「漫画で何を描いたらいいのか、何を描くべきなのか」がわからない、若い頃の上田としこに大御所先生が言った言葉。
>キミは世間知らずのお嬢さんすぎてこのままでは漫画家には向かない。
漫画家は屑拾いと同じだよ。世の中の色々なことを拾って心の中に溜めておかなくちゃいけないんだ。
・「Wonderful」の意味
上田としこが、子どもの頃に父親から教わった「Wonderful」という言葉の意味について。
>WONDERとは、自分が思ってもいなかった意外なこと。
FULLとはそれが一杯に満ちているということ…
この2つのセリフは、ストーリーの中で何度も登場します。
上田としこは1917年8月14日に生まれ、2008年3月7日に90歳でその長い生涯を閉じます。
90年間の人生で、故郷・ハルピンと日本を行き来しながら、戦前から戦後まで、多くの人々と出逢い、別れ=「再見」する上田としこの生涯を象徴するセリフといえるでしょう。
また、本作の見どころはセリフだけではありません……!
登場するキャラクターが多い本作中でも、わたしが注目したのはこの人です。
対照的な生い立ちのもう1人のヒロイン
ドラマ『JIN -仁-』では、綾瀬はるかさんが演じる咲さんと、中谷美紀さん演じる野風さんの、対照的な生い立ちの2人のヒロインが登場しました。この「Wヒロイン制」、『フイチン再見!』でも採用されているんです。
咲さん的ポジションが、主人公の上田としこなのに対し、野風さん的ポジションの女性キャラは途中から登場します。
それが、上田としこが就職したハルピン鉄道局で、女性社員をまとめるベテランの小泉さんです。
戦時中、女性社員の待遇が「馬や鳥や犬よりも下」とされていた時代、上田としこは会社に対して憤り、変えようと動きますが、それ以前から、彼女は彼女なりのやり方で、女性社員の生活をサポートしていました。
>夢の力で生きていけると思っているあなたには理解できないかもしれないけれど…
これがわたしの生き方。
裕福な家庭に生まれ育った上田としこと、高齢の母親を養いながら生きてきた小泉さん。
対照的な生い立ちのヒロインを登場させることで、女性の生き方を深掘りしている作品でもあります。
ストーリーの後半では結婚する上田としこ
戦後、出逢った新聞記者の男性にプロポーズをした上田としこ。
漫画家の仕事と家事を両立させた結婚生活をはじめます。
しかし、まだこの時点では上田としこは、漫画『フイチンさん』を生み出していません…。
『フイチンさん』のモデルになった女性とは?
実は、『フイチン再見!』というタイトルの元となる『フイチンさん』が登場するのは、物語の終盤である8巻です。上田としこは新しい漫画のアイデアに行き詰まる中、ハルピンにいた頃に、家で働いてくれていたコックの馬(マー)さんの娘さんを思い出します。彼女の名こそ、フイチン。その人でした。
明るく、働き者という彼女の姿がそのまま『フイチンさん』の主人公に投影されていますが、上田としこが漫画で描きたかったのは、それだけではありません。
彼女がお金持ちの息子さんとの縁談を断った時のセリフです。
>「もうそんな時代じゃないよ、お金があっても息苦しいのは嫌だ。自分らしいのが一番だ」
結婚に限らず、作中での彼女の選択や願いはいつも、
時代背景や世間の目などの「他人軸」に揺らがない、
「自分らしさ」が強く感じられるものとなっています。
「自分らしいのが一番だ」
そんな生き方を、戦後、1950年代の日本でコミカルに、かつ、鮮やかに漫画で表現したのが『フイチンさん』でした。
ここからは、ネタバレになってしまうので書けないのですが、
その後、結婚生活について、最終的に彼女はどんな選択をしたのか?
そして、長い人生の終わりに彼女が「再見!」したかった人物とは?
最終巻のページまで読んだ時、上田としこの心にいつもあった原風景が
じんわりと感じとれました。
世界情勢などで私たちの周囲が揺らぎ、平穏でない要素が多い今こそ、
90年間「自分らしさ」を貫き続けた上田としこが主人公の『フイチン再見!』をドラマで見てみたい、そんな願いをひっそり抱いているわたしです。
おおつきゆみこさん
基本的に1人でふらふら行動するのが好きなマイペース人間です。
ファッションや都内のグルメに興味があり、好きな場所は銀座松屋・ルミネ・東京駅周辺。
独身の37歳で、仕事はニュースメディアの編集・ライターのようなものです。 ブログはその時の気分の向くままに書いてます。