大人の女の「正しい生き方」
「北山さん。もう少し寄りの写真も撮っておいてもらえますか」
妙な空気を出さぬようにと気を付けたら、必要以上に冷たい言い方になってしまった。
フリーカメラマン・北山隼人の前で失態を晒した夜からおよそ3週間。早希はこの日『オンライン映えファッション』企画の撮影で、ついに隼人と顔を合わせていた。
「このくらいでどうでしょう?」
早希は気まずくて仕方ないのだが、隼人は何事もなかったかのように振る舞ってくる。この瞬間も、何の躊躇もなく近寄って早希にカメラを覗かせた。
「い、いいですね。この感じで数枚……」
視線を合わせないよう画面を見たまま答えた。それなのに隼人は至近距離で「オッケー」と甘い笑顔を向ける。早希は瞬きしながら慌てて目を逸らした。
……あの夜。隼人は酔った早希を支えながら家まで連れ帰ってくれた。目が覚めた時ベッドに寝ていたということは、彼が早希を寝かせてくれたのだ。誰もいない、二人きりの部屋で。
しかし隼人はもう何年もキスすらしてない早希とは違う。若い彼の日常には刺激も艶も潤いも多分にあるのだ。だから、何も起きなかった。
そうだ、意識するほどのことじゃない。普通にしよう。普通にしなきゃいけない。そう思っているのに、自然体そのものの彼を前にするとなぜか胸が締め付けられる。
……いい大人のくせに、恋愛においてはまるで高校生レベルだ。
そんな自分に嫌気が差し、ため息をついたその時。突然ヘアメイクのミーナが声をかけてきた。
「あのぅ……隼人さんとデートしたって本当ですか?」
「へ……!?」
急に「デート」などと言われ、思わず変な声が出る。
「えーっと……なんの話?この間たまたま帰りに偶然会って食事はしたけど、それは別にデートとかじゃな……」
「そうなんですね」
ミーナは最後まで聞かず遮った。そしてまん丸の顔をパッと華やがせると、周囲に誰もいないことを確認してから小声で叫んだ。
「私、隼人さんとデートの約束したんです!!」
刹那、冷や水を浴びたかと思った。自分でも想像以上の痛みが胸を貫く。
すぐに笑顔を作ったがうまく笑えた自信はない。頬が引きつっているのがわかる。それでも早希は無理やり「よかったね」と掠れた声を絞り出した。
ミーナは28歳だ。隼人とは2歳差。適齢期の男女で、年齢差もちょうどいい。少なくとも40歳のおばさんなんかよりずっと適切で健全な相手だ。
「ああ緊張する〜!何着ていくか、早希さんに相談してもいいですか」
小柄なミーナは今にも飛び跳ねそうな勢いでキャッキャと喜んでいる。若い彼女の、エネルギーに満ちた反応に気圧されながら早希は悟った。
――そうよね。恋愛は若い子たちがするものだわ……。
アラフォーの女が今さら恋しても痛いだけ。血迷うのはやめて、これまで通り仕事に邁進しよう。
それが40歳の「大人の女」の、正しい生き方だ。
一方、美穂はますます家から出られず夫の監視下に置かれていた。その実情は……
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