仕事も恋もリセットする。人生の再生をテーマにしたドラマ『凪のお暇』で黒木華さんが好演した主人公・凪ちゃんにこっそりエールを送っていたならば、Netflixで配信中のドラマ『アンという名の少女』の再生物語にも共感できるはずです。原作は名作中の名作、カナダ人作家ルーシー・モード・モンゴメリの『赤毛のアン』。14歳の少女アンの不撓不屈の精神と純粋さに、何かとお疲れ気味の大人も心が洗われること間違いなしの作品です。
1800人から選ばれた少女はまさに赤毛のアン
これほど主人公のイメージにぴったりのはまり役はありません。孤児院で育った天涯孤独の身のアンと言えば、瘦せっぽちで、ソバカスだらけの上に髪が赤毛の少女。この基本のテンプレートはもちろん抑えつつ、ドラマ『アンという名の少女』でアンを演じるエイミーベス・マクナルティを見た瞬間、「そうそう、私の中で思い描いていたアンはまさにこの女の子!」と思わずにはいられません。意思の強い生き生きとした大きい目に、いつもお喋りが止まらない大きな口、聡明さは広いおでこに表れ、アンを演じるために生まれてきたかのような顔かたちだからです。
エイミーベス自身はアイルランド出身で、作品が初公開された2017年春の当時は15歳。母親がカナダ人ということでカナダを舞台にした作品とも縁あり。世界各国から1800人以上が参加したオーディションでアンの役を勝ち取っています。期待通りの演技力も持ち合わせ、登場する冒頭の列車のシーンから惹き込まれていきます。
ストーリーの土台は原作に忠実です。1800年代後半のプリンス・エドワード島でひっそりと暮らす老いた独身兄妹のマシューとマリラにアンが引き取られて、成長していくというもの。唯一無二の親友となるダイアナをはじめ周りと信頼関係を築きながら、過去のトラウマを克服し、不遇だった状況から再生する姿がドラマでも描かれています。この美しいストーリーに加えて、田園風景が広がる映像美も絶品。カナダの東海岸に位置するプリンス・エドワード島は世界一美しいと言われている場所で、実際にそこでも撮影が行われています。カナダの公共放送CBCとNetflixの共同製作であることに納得のクオリティが揃っているのです。
世界一美しい場所で撮影されたアンの世界をもっと見る
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全員女性からなる脚本家チームが描いた現代にも生き続けるアン
見どころはさらにアンの台詞にもあります。これはやはり名作を原作としている強みとも言えるところ。赤毛を疎むアンが心底憂鬱な気分で言い放ったこの言葉がドラマでも印象に残ります。
「我が人生は夢の墓場なり」。
空想の世界に浸ることも大好きなアンならではの創造力に富んだ表現です。現実の世界でしばし感情が爆発した時に飛び出すこうした台詞はアンらしく、人間らしく。ぎゅっと抱きしめたくなり、いちいちキュンとさせられてしまうのです。アンの名言集は毎話のオープニング映像にも並び、そのたびに本の扉を開ける時のようなワクワク感も覚えます。
時代を越えて愛される普遍性もプラスして、14歳のアンの目を通して、今どきアレンジも効かせています。アイデンティティ、偏見、フェミニズム、いじめ、ジェンダー平等、エンパワメントといったテーマを探求したシーンが随所にみられます。大人も楽しめるドラマとしての深みを増すも、少々味付けが濃いのが玉に瑕。ショーランナーのモイラ・ウォリー=ベケットをはじめ全員女性からなる脚本家チームの思い入れの強さとして受け止めて、現代にも生き続けるアンとして見ることができます。
好評を得て、シーズン3まで作られています。そのシーズン3の最終話を持って打ち切りとなり、シーズン4を切望したファンには残念な結果となりましたが、じっくり見返す価値のある良作であることに変わりはありません。
前回記事「パリ版タラレバ娘。ドラマ『ガールフレンズ・オブ・パリ』のロックダウン編が味わい深い!」はこちら>>
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。18年に大腸がん発見&共存中。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
ライター 渥美 志保
TVドラマ脚本家を経てライターへ。女性誌、男性誌、週刊誌、カルチャー誌など一般誌、企業広報誌などで、映画を中心にカルチャー全般のインタビュー、ライティングを手がける。yahoo! オーサー、コスモポリタン日本版、withオンラインなど、ネット媒体の連載多数。食べること読むこと観ること、歴史と社会学、いろんなところで頑張る女性たちとイケメンの筋肉が好き。寄稿中の連載は、
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ライター 山本奈緒子
1972年生まれ。6年間の会社員生活を経て、フリーライターに。『FRaU』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。