仕事で自己主張する女は「欲求不満」
「美穂……!どうしたの、全然連絡とれなくて心配したよ!?」
堂島の話を聞いた後、早希はすぐさま美穂に電話をかけた。しかし一向につながらない。昼休みにも、帰宅途中にも、家に帰ってからもかけたが美穂は出なかった。
ようやく電話越しに彼女の声を聞いたのは、しつこく連絡をし続けて3日目夜のことだった。
「お誕生日のお祝いにランチしよう。美穂の予定に合わせるし近くに行くから。いつがいい?」
気が焦るばかり、誰もいない自室で立ち上がる。強引に約束を取り付けようとしたのは、とにかく会わないと始まらないと思ったからだ。
彼女は何度も早希の電話を無視した。そしてようやく応答した今も「早く電話を切りたい」と言わんばかりの対応である。電話口で彼女の本音を聞き出すのは無理そうだ。
放っておくべきだろうか?いや、でも……。
美穂が元気に過ごしているのなら、早希だって希望どおりにする。しかし音信不通になったり脱毛症になるような環境に置かれている彼女を見て見ぬふりするのは、やっぱり違う。
葛藤した末に、早希は切り込むことにした。
「ねぇ美穂。貴之さんと何かあった?スナップの件も断ったって聞いたわ。貴之さんに反対された?」
早希と美穂は大学入学とともに知り合いもう20年以上の仲だ。学部もサークルも一緒で、彼女の良いところも悪いところも、歴代彼氏だって全員知っている。
親友だと思っているし、美穂にとってもそうだと信じていた。夫のせいで苦しい状態にあるのなら、早希の差し出した手を必ず握ってくれる。そう思っていたのに。
「やめて。私はただ……40歳にもなって読者モデルなんて、欲求不満の女みたいな気がしたの」
――欲求、不満?
とっさに意味が理解できず言葉を飲んだ。しかし黙り込む早希に向かい、美穂はまるで洗脳でもされたかのように、らしくないセリフを吐き続けている。
どういうこと?40歳の女は、やりたいことをしちゃいけないの?誌面に出て自己表現をすることが欲求不満……?
まったく受け入れられない、理解不能な言葉たちが頭をグルグル回る。早希は次第に気分が悪くなってきた。口を開いたら膿んだ感情が漏れ出てしまいそうで、必死で口をつぐむ。
「もう子供が寝てるから。ごめん、おやすみ」
一方的に通話を切られスマホをベッドに投げ出してからも、早希はしばし茫然と立ち尽くしていた。
「なんなのよ、一体……」
ふつふつと怒りが湧く。しかし時間の経過とともに後悔へと変わった。
余計なことを言ったかもしれない。要らぬお節介だったかも。美穂を助けたいなんて、ただの傲慢だったのか。
だが、もともと内向的で友達が多いタイプでもなく、家庭という遮断された世界だけで生きている美穂をこのまま放置したら……。
一般的に、モラハラやDVを受けている女性はその現実を無視しがちだという。
そもそも気弱な女性が被害に遭いやすい上、反抗できないようマインドコントロールされている場合も多い。「自分が悪い」「自分が我慢するべきだ」と思い込み、ますます夫をつけあがらせる。まるで底無し沼、無限の負のループだ。
考えるほどにゾッとし、早希は迷いつつももう一度スマホを手にとった。
「絵梨香。ごめん、いきなり。ちょっと相談があって……」
電話をかけた相手は、田口絵梨香だ。「生まない選択」をしていて子どもはいないものの、彼女は既婚者。美穂の置かれている状況や現実的な打開策について早希の思いつかないアイデアを持っているかもしれない。
これまでは、美穂が脱毛症になったことも夫にモラハラの気があることも誰にも口外しなかった。絶対に知られたくないだろうとわかっていたからだ。
しかしもう、そんなことを言っている場合ではない。
絵梨香に協力を求めた早希。美穂をモラハラ夫から救うべく、彼女がとった強硬策とは?
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