人生はうまくいかないことが多い。だからこそ、樋口のジャンプに夢を見る


そんな〝倍返しの始まり〟を有言実行したのが、平昌五輪直後の世界選手権。宮原選手とともに代表に選ばれた樋口選手はSP8位と出遅れますが、FSで会心の演技を披露。上位陣のミスが相次いだこともあり、大逆転で総合2位に。自身初のワールドメダルを手にしました。

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2018 フィギュア世界選手権 女子FSでの演技。写真:エンリコ/アフロスポーツ

このときの『007 スカイフォール』は今でもスケートファンの間で語り草になっているほどの名演技。SPでミスを犯し、もうこれ以上の失敗は許されないプレッシャーの中で彼女があそこまでの演技ができたのも、五輪を逃した悔しさが大きかったと思います。フィニッシュポーズをほどいた瞬間、両手を突き上げてのガッツポーズ。顔をくしゃくしゃにさせながら、こぼした大粒の涙。そのどれもが感情豊かな樋口選手らしくて、画面の向こうで一緒に大泣きしながら、こうやって選手と気持ちがシンクロするぐらいプログラムに深く入り込めることが、フィギュアスケートを観る喜びのひとつだと噛みしめたものです。

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2018 フィギュア世界選手権 女子FSにて、演技を終えた直後のガッツポーズ。写真:エンリコ/アフロスポーツ

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2018 フィギュア世界選手権 女子FSにて、キスアンドクライで号泣する樋口選手。写真:AP/アフロ

その後も樋口選手は五輪を逃した悔しさと戦い続けているように見えます。昨シーズンはグランプリシリーズで2戦連続6位と奮いませんでしたが、勝負の全日本で2位に入り、3年ぶりの表彰台に。全日本にピークを持ってくるという戦略は、当然、オリンピックイヤーでピーキングに失敗し、大一番で結果を残せなかった反省から生まれたものでした。

また、昨季の四大陸選手権以降、果敢にトリプルアクセルを実戦投入し続けているのも、大技がなければ強豪ロシアと戦っていけないとわかっているから。大技を入れれば、その分、パフォーマンスが崩れる危険性もあり、成績は安定しません。けれど、彼女が見据えているのは、目先の成績ではなく、どうやったら北京五輪の代表になれるかということ。〝四年もかけてじっくりじっくり煮込むからきっと美味しくなるね〟とつぶやいたあの日からずっと彼女は五輪出場を目標に進み続けているのです。

11月27日放送の『おはよう日本』でも、平昌五輪を逃した当時のことを思い出し、カメラの前で涙を拭う姿が放送されていました。あれから3年の時間が過ぎても、たとえ世界選手権の銀メダルを獲っても、やっぱり傷は残っている。五輪を逃した悔しさは、五輪を掴むことでしか晴らせないのかもしれません。

でもそうやって逃した夢にもう一度挑戦する樋口選手の姿に、私は勇気をもらうのです。だって、人生はうまくいかないことの方が多いから。どれだけ頑張っても、どれだけ犠牲を払っても、報われないことはたくさんある。そのたびに「どうせ」と自虐めいた言葉が口をつきそうになります。

でも、もし来年、樋口選手が夢を掴んだら。うまくいかない人生を、もう少しだけ信じられる気がするのです。私も〝諦めなかったらいつかいいことある〟と信じたい。〝どんなに辛いことがあっても今日のことがあったから頑張れるって思える〟日がいつか来ると願いたい。

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2018 フィギュア世界選手権 女子 表彰式。写真:なかしまだいすけ/アフロ

他力本願極まりないですが、そんな夢を、高く高く跳び続ける樋口新葉選手のジャンプに託しているのかもしれません。

構成/山崎 恵

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