切れ味鋭く、時には等身大の温かい目線でさまざまな事象について語るコラムニストのジェーン・スーさん。同年代はもとより幅広い女性から圧倒的な支持を得ています。そんな彼女の新刊は、雑誌「Oggi」の人気連載を書籍化した『女のお悩み動物園』(小学館)。お悩み相談モノといえば、「仕事」「恋愛」「人間関係」などと、悩み事別であることが多いのですが、本書では、悩んでいる人の特徴と傾向を動物になぞらえて分類しています。動物に例えることで見えてくることや、悩み多き女のサバイブ術などについてお話をお伺いしました。
『女のお悩み動物園』は、30代向けの女性誌「Oggi」に連載されていたものを再構成した一冊です。「30代女性の悩みだったら自分と違う世代だからちょっと違うかも」と思う人がいるかもしれませんが、読んでみると、スーさんが教えてくれる悩みとの向き合い方、対処方法は世代を超えてどれも有益なものばかりでした。しかも、スーさんの相談者に温かく寄り添う姿勢に癒やされるというおまけつき。
“悩み”の元は自分のせいか、社会のせいか、人のせいか
「悩みと一言で言っても、社会の構造が歪んでいたり、バグがあったりでそもそも“無理ゲー”だったということもあります。それなのに、自分の能力や努力不足では、と悩む人は結構います。また、自分では悩みのつもりでも、よく考えてみたら相手にこうしてほしいなどと、人を自分の好きなように動かしたいだけのわがままということもあります。ですから、まずはそれが本当に悩みかどうか、という“悩みの仕分け”をしましょう、ということをお伝えしたかったんです。これがわかるだけでもだいぶ楽になるはずです」
スーさんはもう一つ、お悩み相談を通して読者に伝えたかったことがあります。それは“綺麗ごと”と“野良ごと”。
「お悩みを解決するにあたって、“綺麗ごと”を言いたかったんですよ。たとえば『頑張れば努力は実る』とか『陰でやっていても誰かが見てくれる』とか。今は景気も悪くて、世の中はうまくいかないことがたくさんあります。頑張っている人を冷笑した目線で揶揄する人だっています。でも、“綺麗ごと”を実現させるのは自分次第。“綺麗ごと”を本当のことにするためには、“野良ごと”をきちんとやることが必要。これは、根回しや駆け引きなどといったロビー活動で、小賢しく見えてしまうかもしれないけど、これをいとわない人が、“綺麗ごと”を全うできると思っています」
『女のお悩み動物園』では、「人を信用しすぎてしまう不用心なヒツジさん」「親離れできない世間知らずのカンガルーさん」「美しくしなやかに群れるイルカさん」などというように、女性からの悩みを16種類の動物に分類し、それらの動物の生態にからめて、客観的かつ実践的なアドバイスをしています。
「以前はよく『あるある』ものがありましたが、決めつけはよくないとか、誇張によって人を傷つけるなどと言われるようになってしまいました。一理ありますが、この悩み相談ではもっとおおらかに『あるある』をやっていた頃のムードがほしいと思ったんです。例えば、『あなたは母親の顔色を伺わないと何もできない、30過ぎの自立心のない大人』と言われれば傷つくけど、『カンガルーさんは大きくなるまで母カンガルーの袋の中にいて……』と言われると受け止め方も違ってくると思うんですね」
自分の行動パターンを動物の生態に照らし合わせることで、自分の振る舞いが客観視できる上に、見えてくることや気付きが多く得られます。また、少々耳の痛い指摘でも、これならすんなり受け入れられそうです。スーさん自身、この連載を通して動物の生態を調べることで、自然をサバイブしてきた動物たちの適応能力に学ぶことが多かったとのこと。
「人間より動物の方が弱肉強食で厳しい環境にいますから、すごく勉強になりました。一方で、動物の生態は未だにわからないことも多く、一昔前は定説だったものが、ひっくりかえることもあります。すべてが明らになっているものなんてなく、違っていることもあるという事実は、世の中ってそういうものかと落ち着くきっかけにもなりましたね」
悩むこと自体は悪いことじゃない。
欲望や希望の把握は自分を健やかにしてくれる
スーさんは、自分の悩みを客観視するのにもう一つ有効な方法を教えてくれました。それは「書き出すこと」。
「1時間くらいかけて、自分が何に不満を感じているか、何が気に入らないか、どこに悩んでいるのかなどを、全部箇条書きで書き出してみてください。脈絡なんてなくても構いません。そのあと、次のページで整理していくと、自分の悩みの本質が見えてくるはずです。あと、実際には送らない、相手宛の手紙を書くのもおすすめ。相手が読まない前提だとかなり正直に書けるもので、自分がどう思っているのかもよく見えてきます」
女性の場合、仕事、結婚、出産などと無数の選択肢があり、悩んだ末に何か一つを選び取っても、新たな悩みが目の前に立ちはだかります。本書を読んでいても、「私も30代にこんなことを悩んでいたかも」と懐かしく振り返ることができるどころか、実はまだ解決できないまま今に至っていることも少なくないことに気付かされます。「いくつになったら悩みから解消されるのか……」とため息をつきたくもなりますが、実は悩み自体が悪いこととは限らない、とスーさんは指摘します。
「年齢を重ねれば、自分でテンションをテクニカルに調整して、波風のない状態を作れるようにはなります。そうなるとちょっと人生に締まりがないというか、欲望もぼんやりしてきて、これはこれでよくないと思いました。悩みは常に欲望と背中合わせ。あきらめ上手になると執着する力が衰え、それはそれで生きやすいし、幸せなことなのだけど、欲や希望を把握することで、もっと自分を健やかに、幸せにしてくれることもあると思うんです」
スーさんは現在、TBSアナウンサーの堀井美香さんと、Podcastオリジナル番組「ジェーン・スーと堀井美香のover the sun!」を配信しています。番組名の「over the sun」は、「オバサン」に引っ掛けているそう。オバサンであることを包み隠さず、さまざまなテーマを明るく、楽しく語っています。
「堀井さんは秋田出身のキー局の女子アナで、既婚で夫も子どももいます。私は東京生まれで未婚。この番組を聴いてもらうと、全く属性が違っても、この歳になれば一緒にこんなに楽しくやれるということが伝わると思うんです。女の人は仕事の有無、既婚か未婚か、子どもの有無だけでも2×2×2の8パターンがあり、20〜30代は隣の芝生が青く見えたり、仲良くなれない時期があったりします。でも、50も近くなったらみんなが戻ってきて、楽しめるようになってくるんです。それぞれの“チグリス・ユーフラテス川”で収穫した獲物を持ってきているようなもので、おばさんの集合知のすごさが実感できます。番組でも、『VIOのレーザー脱毛は、あそこの毛が白髪だとレーザーが反応しないから大変!』とか、どこにも載ってない、実用的な情報がいっぱい出てくるのでぜひ聴いてほしい!」
悩みをどう解消するかを考える前に、悩みを仕分けて客観視してみる。また、悩みがあることによって、自分の欲や希望を再認識する。悩んで乗り越えてきたことが、別の誰かの役に立つかもしれない。そう考えると、悩みもそんなに悪くないような気がしてきます。スーさんもさまざまな経験を積んで“獲物”を引っさげてきたからこそ、本やラジオを通して、悩み多き女性を照らす希望の光となっているのでしょう。
ジェーン・スー
1973年、東京生まれの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)、『私がオバサンになったよ』(幻冬舎)、『これでもいいのだ』(中央公論新社)など著書多数。TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』放送中。TBSの堀井美香アナとのPodcastオリジナル番組「ジェーン・スーと堀井美香のover the sun!」は毎週金曜日17時配信。
<書籍紹介>
『女のお悩み動物園』
ジェーン・スー 小学館
真面目に働いてりゃ、悩んで当然
自分のこと、家族のこと、友人、恋愛、仕事、将来--
とはいえ、ひと言で「悩みごと」と言っても千差万別。
本著では悩みを抱えている人の特徴と傾向を16種類の動物になぞらえて、相談事を分類し、悩みごとへの向き合い方や解決方法をご紹介します。
だれかのお悩みが、あなたの悩みを解決するヒントになりますように。
取材・文/吉川明子
構成/川端里恵(編集部)
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