待ち伏せ……?年下イケメンの強引な提案
美穂と別れ、赤坂に戻った早希は、自宅近くのワインバーに立ち寄ることにした。
話に夢中で、カフェではコーヒーを頼んだだけ。そのコーヒーもほとんどを残したまま冷たくなってしまった。
美穂はしばらく実家で暮らすという。それを聞いて安心し、緊張が解けたら小腹が空いた。それに、アルコールで気持ちを落ち着けたかった。
しかしながら店内に入った途端、早希の心は落ち着くどころか大いにかき乱された。というのも、馴染みのカウンター席に北山隼人が座っていたのだ。
「あ。やっぱり来た」
早希を認めた隼人が悪戯っぽく笑う。目を丸くしていると、彼は慌てた様子で弁解を始めた。
「別に待ち伏せしてたわけじゃないですよ。偶然、たまたま……そう、またこの店で飲みたくて寄っただけです」
「そう……なんだ」
確かに以前もこの店の前で隼人と鉢合わせた。せっかくだからと二人で飲んで……その後の失態はもう思い出したくない。
それにしても、隼人の家はこの辺りなのだろうか。違った気がするが、あえて突っ込むのはやめた。
「あの……今日はごめんね、約束してたのに。それで、その、話ってなんだった?」
促されるまま隣席に座り、さりげなく尋ねた。迷う余地もなく美穂を優先したものの「話したいことがある」と言った隼人のことはもちろん気になっていた。
「僕も、その話がしたくて」
視線を泳がせる早希を、隼人が遠慮なく覗き込む。
「驚かせちゃうと思うけど、率直に言いますね」
改まる彼に、ゴクリと唾を飲んだ。息を止めたまま続きを待っていると、隼人は真剣な表情のまま予想外のセリフを口にした。
「進藤さん、転職する気ないですか?」
「へ……?て、転職……?」
思ってもみなかった言葉に頭が真っ白になる。転職?つまり、今いる編集部を辞めて他に移らないかって、そういう話……?
第一希望の出版社に就職し、憧れだった女性誌のエディターとして早17年のキャリアを築いてきた早希。アラフォーになった今から別の仕事なんて、正直まったく考えられない。
「えーっと、転職とかは別に……」
しかしあっさり断ろうとしたとき、隼人が再び口を開いた。
「僕の知り合いが新しくWEBメディアを立ち上げるんです。いまスタッフを集めているところで……僕としては、ぜひ進藤さんをプロデューサーに推薦したい。絶対に適任だと思うから」
――WEBメディア……の、プロデューサー?
あまりに突拍子のない提案で、面食らってしまった。確かにもう紙の雑誌の時代ではないのかもしれない。ファッション誌は完全に斜陽だ。それゆえ早希が担当するアラサー向けファッション誌も月刊廃止になった。
しかしずっと雑誌の世界で生きてきた自分が今さらWEBメディアなんて……。
「コンセプトが素晴らしいんです。一方的な発信じゃなく、コミュニティ機能メインの情報サイトという位置づけで。成熟した大人が、自分らしく、強くしなやかに生きるためのヒントを得られるサイト。話を聞いて、僕は真っ先に進藤さんの顔が浮かびました」
――無理だわ。早く断らなくちゃ……。
しかし隼人があまりにも熱を込めて話すので、早希は「NO」を口に出せなくなってしまった。
NEXT:1月24日更新
ついに別居に踏み切った美穂。けれど、次々に直面する辛い現実……。
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