専業主婦を救う「婚姻費用」の存在
「私ね……離婚することに決めました」
PCに向かってそう宣言すると、一瞬の“間”ができた。
今夜、美穂は初めて“Zoom飲み”というものに参加している。
画面に並んだ、早希、絵梨香、朋子の顔。3人の目がいっせいに見開き、少し可笑しかった。
「美穂……決意したんだね!私は応援するよ!」
一番に答えてくれたのは早希だった。人一倍正義感の強い彼女には、ずいぶんと心配をかけた。画面越しにも早希の興奮が伝わる。
「美穂のことだから、決めるのにもっと時間がかかるかと思った。でもこれから大変なんじゃない?」
相変わらず歯に衣着せぬ口調で言ったのは絵梨香だが、その表情は柔らかい。
「もちろん簡単ではなさそうだけど、一番心配だったお金のことが何とかなりそうなの。弁護士さんが“婚姻費用”を夫に請求してくれるっていうから……」
数日前に再び弁護士に相談した際、この婚姻費用について詳しく説明され驚いた。
貴之の収入から計算したところ、美穂はこれまで渡されていた生活費の倍以上の金額を月々貰える権利があるそうだ。
「うん、大柴先生はデキる人よ。貰えるだけ奪い取って。遠慮はいらない」
能面のような顔で言ったのは朋子だ。離婚経験のある彼女のアドバイスも本当に役に立っている。
「ありがとう。シングルマザーなんて無理だってずっと思ってたけど、生活費さえなんとかなれば、あとは実家に甘えて仕事もゆっくり探すつもり。求人も調べたら、私でもできそうな仕事もあったの。みんなに比べたら雀の涙みたいなお給料だけど……」
昔からバリバリ働き経済的に自立している友人の前で仕事の話をするのは正直引け目がある。けれど今さら弱味を隠しても仕方ない。この3人には全てさらけ出すと決めたのだ。
「美穂、人が変わったみたい。頼もしいよ」
早希が感心したように言う。
「実はね、この前“風の時代”の話を聞いて元気が出たの。みんな知ってる?」
首を振る3人に、美穂は透から聞いた話を伝えた。すると彼女たちは興味深そうに話に聞き入り、「うんうん」と何度も強く頷いた。
「何それ。いい話……!たしかに私も時代の変化は肌で感じる。いいね、風の時代!」
その後は深夜まで風の時代の話題で盛り上がり、久しぶりにワインを飲んだ美穂の呂律が回らなくなったところでZoom飲みはお開きになった。
顔を洗って寝ようとPCを閉じると、「ママ……」と小さな声が美穂を呼んだ。
振り返ると、パジャマ姿の湊人が心細そうに背後に立っている。
「どうしたの?起きちゃったの?」
コクリとうなずく息子をギュッと抱きしめる。実家に戻って以来毎晩一緒に寝ていたから、甘えん坊に拍車がかかったのかもしれない。
酔って上機嫌の美穂はそんな息子が可愛くてたまらず、髪や頬をクシャクシャに撫でまわす。
「じゃあママと一緒に寝よっか。ね?」
「……」
けれど湊人は返事をせず、床に視線を落とし一点を見つめている。
「みーくん?」
湊人はなかなか口を開かない。
「……どうしたの?何かあったの?」
けれど美穂が目線を合わせ辛抱強く待っていると、ついに湊人は思い詰めたように言った。
「……今日、学校にパパが来たよ」
NEXT:2月6日更新
狂い始めたモラハラ夫。早希にまで連絡をとり、あろうことか直接対決に発展してしまう?!
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