森喜朗が私の血のつながった祖父で、この話がテレビ見ながらの雑談とかだったら「じいちゃんさあ、そういうことマジで外で言わないでよ。みっともないから」と、もう少し穏やかに言えたと思います。もちろん喜朗じいちゃんは「じいちゃんのなーにが悪いって言うんだよ」と答え、「いやだから、じいちゃんさ、ものすごく女性のこと差別してるじゃん」と応じる私に、じいちゃんはややキレ気味に言うでしょう。「じいちゃんは差別なんてしとらん。会社(註:ラグビー協会)に女性管理職(注:理事)を増やしたのはじいちゃんやろが!」。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

全然関係ないけども、私この間、免許の更新で初めてメガネかけたまま写真を撮ったら、ものすごく現代国語の先生っぽかったので、今日は森喜朗じいちゃん……じゃなかった森喜朗会長の発言を、極めて現国的に読み解いてみたいと思います。

 

さて問題の発言は、<日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会>での「最初の挨拶」で、その尺なんと40分。ここからすでにじいちゃん自己矛盾状態、「時間規制しないとなかなか終わらなくて困る」のは誰あろう森さんです。長い会議よりずっと苦痛。炎天下でやられたら死人が出るレベル。ご自身も話が長いと口では言ってはいるけど、ま、許されると思ってるんでしょう。

さておき、下記の『日刊スポーツ』掲載の発言も全文ではなく、「発言の切り取りだ」とか言われそうですが、このセンテンスは前後の(JOCの山下会長を褒めちぎる)文脈と全く関係なくぶっこまれているものなので、現国的には抜き出してもさほど原意は損ねません。ちなみに【】部分は、『スポーツニッポン』の書き起こし。『日刊スポーツ』と違い、概ねの意味でなく「言ったまま」を起こしているのではと推察。

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これはテレビがあるからやりにくいんだが、(筆者注・国の推し進める方針の)女性理事を4割というのは、女性がたくさん入っている理事会、理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言います。ラグビー協会は倍の時間がかかる。【女性がなんと10人くらいいるのか今、5人か、10人に見えた(笑いが起きる)】女性がいま5人か。(※段落①)

女性は【女性っていうのは優れているところですが】競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分もやらなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局、女性はそういう、あまり私が言うと、これはまた悪口を言ったと書かれるが、必ずしも数で増やす場合は、時間も規制しないとなかなか終わらないと困る。そんなこともあります。(※段落②)

私どもの組織委にも、女性は何人いますか。7人くらいおられるが、みんなわきまえておられる。みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方ばかり、ですからお話もきちんとした的を射た、そういうご発言されていたばかりです。【そういうのが集約されて非常にわれわれ役立っていますが、欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになるわけです。】(※段落③)

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さてまずは①段落。口語ではよくあることですが、最初の文は「女性理事を4割というのは」で一旦途切れています。その前の「やりにくい」を受け、さらにその後の「女性がたくさんいると時間がかかる→恥」と続くわけだから、「女性理事を4割というのは」に続く言葉は「最高だよね!」って話じゃない。「女性理事が4割というのは、どうなのかと思う」という否定的なニュアンスです。ちなみにラグビー協会の理事の数は19人で女性は5人。理事以外(7人)に女性はいないので、10人いても4割になりません。ではその理事たちの面々を見てみましょう。

浅見 敬子(元ラグビー選手)
石井 淳子(元厚労省官僚)
稲澤 裕子(元読売新聞記者)
齋木 尚子(元外務省官僚)
谷口 真由美(法学者)

喜朗が選んでいたのなら「じいちゃん偉い!」と褒めたくなるメンバーです(違うだろうけど)。皆さん男社会でバリバリやってきたタフなエリート。2016年に初の女性理事となった稲澤裕子さん(読売新聞「大手小町」の元編集長)は、女性理事が増え「理事会で私が発言しなくても済むようになった」「議論がオープンになった」とインタビューで語っています。それはつまり、それまでは発言がなく議論がクローズだったってことでしょうか。ーーちなみにこの方、森発言は「自分のことだ」と語っています。

発言のない会議を裏付けているかに思えるのが、森発言の②段落目。女性は「みんなが発言されるんです」ね。至極当然のことだと思いますが、じいちゃんはそうは思っていません。「結局、女性はそういう」で途切れた先に省かれているのは、「『悪口言った』と思われるようなこと」です。次の文も口語独特の変な文章なので、その意味を汲み取るべく区切り、①にあるニュアンスと、抜けてる主語や接続語など、なるべく感情のない言葉で補い、完全な文章にしてみましょう。

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「結局、女性はそういう」ふうだから、「必ずしも数で増やす」のはどうかと思う。もし増やす「場合は、時間も規制しないと」。だって会議が「なかなか終わらないと困る」から。


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そして段落③。実はこの森発言で一番の問題はこの③の「みんなわきまえておられる」という部分です。まずは一般的な「わきまえる」の定義をグーグルさんに聞いてみましょう。

弁える 物事に存する(潜んである)けじめを、これがそうだと見分ける。弁別する。特に、道理などを十分に心得る。

次の文章には接続詞がありません。こういう場合の解釈は主に2パターンで、A→Bの時系列、もしくは、A=B(詳しい説明)。この場合はA=Bで、A「みんなわきまえている」の「みんな」がどういう人なのかをBで説明しています。それが「競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方」。で、わきまえた女性理事は以下の方たち(女性7名中1名は監事)。

荒木田 裕子(元バレーボール選手)
谷本 歩実(元柔道選手)
田中 理恵(元体操選手) 
ヨーコ ゼッターランド(元バレーボール選手)
蜷川 実花(写真家)
丸川 珠代(政治家)

蜷川さん、丸川さんはスポーツ選手(公式HPでは「オリンピアン」と表示)ではありませんが、変な話、一緒くたにされ言及されないってことは、「わきまえない」ことはしていないと推察。とはいえ7人中5人がオリンピアンという、非常に内輪的な、つまり新しい意見の出にくい人選です。理論派のスポーツ選手もいますから一概には言えませんが、ラグビー協会の面々と比べるのは酷というものです。そして大会組織委員会の役員は理事25名を含めた38名で、うち女性比率は2割未満。さらに、ラグビー協会の女性理事たちのような門外漢ではなく、男性偏重のスポーツ界にしがらみバリバリの元選手たちです。

そういう中で彼女たちが発した「的を射た発言」は、業界、組織委員会、男社会を忖度したものになる可能性は非常に高くなります。これが森さんの言うところの「わきまえた」女性。何しろそれとは反対のラグビー協会の状況を「恥をさらす」とまで言ってるんですから。

さて面白いのはスポニチの【】の部分。大意を捉える日刊スポーツはここを省いていますが、実はここに女性差別一般の深い病理があります。①で女性を揶揄した森喜朗は、②や③では全体の内容といまいち噛み合わないほどの、表面的でとってつけの「女性ヨイショ」ーー正確に言えば、「わきまえた女性に対するヨイショ」を言ってるんですね。

「わきまえた」のニュアンスを汲み取れていないNYタイムスが、それでも「差別的発言」と断じている、日本語にしたらそれ以上の差別を撒き散らしといて、「差別してないじゃん。『女性は優れてる』って言ってるじゃん」「そう言っときゃいいんだろ」という態度で、さらに女性をバカにしてもいます。つまりそもそも「何が差別か?」ってことからぜんぜん分かっていません。それは「愛してる」と言いながら女を殴る暴力男の認知の歪みと、よく似ているように思います。「何が愛か?」わかってないが故の暴力を、言っても聞かない、理解しないから仕方ない……そう考える社会が正しいんでしょうか?

こういう発言を「聞きゃしないし仕方ない」と周囲が諦めるーーのが許される場所があるとすれば、家族とか学生時代から20年来の友人との酒の席、甘えと馴れ合いでできている時間と場所のみーーつまり「孫娘と喜朗じいちゃん」の関係のような。もし私が孫なら言うでしょう。「じいちゃん、マジでいい加減にしてよ。酒の席なら許されると思ってるかもしれないけど、私はそれですらイヤだし。ましてや外の世界では絶対に許されないよ。本当にみっともないし、親類だと思われたら私も恥ずかしい」。日本の社会そのものが、国際的に見て、イマココですから。

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