SNSが呼び寄せた奇跡
「グレディの読者モデル!?」
スマホ越しに、早希の驚いた声が響く。
先ほど美穂に届いたInstagramのDMの内容は『グレディ』というWEBメディアの読者モデルのスカウトだった。
美穂のInstagramは、ほんの趣味程度にときどきコーディネートや手料理の写真を並べていただけで、フォロワーも1000人に満たない。
そんな自分が読者モデルだなんて信じられないが、連絡をくれた女性編集者と半信半疑でやりとりを続けたところ、彼女は立派な経歴の持ち主で、美穂のセンスを見込んでくれたとのことだった。
年齢やステータスに捉われない、等身大のファッションやライフスタイル。『グレディ』ではそういったものを積極的に発信できる成熟した女性の読者モデルを探しているらしい。報酬も通常の読者モデルの相場と比べると高額なことに驚いた。
そんな大仕事ができるか分からないけれど、読者モデルならば資格取得の勉強と両立できる気もしたのだ。
「美穂……それ、凄いことだよ。グレディは影響力のあるメンバーが集まって立ち上げるメディアだし、これから絶対に伸びる。それに……実は私も、そこのプロデューサーに誘われてるの」
「え!?」
今度は美穂が驚く番だった。
「早希、まさか転職するの?……え、ちょっと待って。そうしたら、もしかして一緒に仕事ができるかもしれない……ってこと?」
「まだ考え中だけど……そう、なっちゃうかも」
信じ難い偶然の重なり。早希と話しながら、美穂はまるで夢でも見ているような気分になった。
人妻を惑わせた、優男の発言
「へぇ、やっぱりモデルすることになったんだ!いや、美穂ちゃんは向いてるよ、絶対」
恵比寿のオープンカフェで一連の報告を済ませると、透は目を丸くし弾んだ声で言った。
大学時代の先輩である透は自身も離婚経験があることから、別居後の美穂を何かと気にかけてくれる。今日は『グレディ』の編集者との面接の前に、透の自宅近くでランチをすることになったのだ。
「ありがとうございます。私にできるか分からないけど、今はとにかく働くしかないので……。でも、この歳での社会復帰って本当に難しいんですね。ハローワークでは少し落ち込みました。私、本当に社会に取り残されちゃったんだなって……」
なぜだろう。透の独特な温かい空気感の前では、いつも心が緩む。
弱音など吐くつもりはなかったのに、つい本音が漏れてしまった。
「だから、そんなことないってば。美穂ちゃんはずっと子育てや家事を人一倍頑張ってたんだから。年齢なんか関係ない。学生の頃から本当に見た目も変わってないし、人気モデルになれるよ」
お世辞なのは分かっている。けれど心と顔がじんわりと熱くなり、美穂は思わず俯いてしまった。
これまで、夫に何かを評価されたことはほとんどない。
美穂が家のことを完璧にこなすのは当たり前、少しでも落ち度があれば叱られ、人格を否定するような言葉を投げられるばかりだった。
こんな風に男性に面と向かって褒められる耐性が美穂にはないのだ。
「ねぇ、美穂ちゃん」
そのとき、マグカップに添えられていた透の手がほんの少しだけ美穂の手に触れた。
反射的に、指先がピクリと動く。
「あのさ……」
透の表情が険しくなる。
そして次の瞬間、彼は信じられない言葉を発したのだった。
「美穂ちゃんも息子さんも……俺がぜんぶ面倒見るよ」
NEXT:2月20日更新
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