「40歳なんだから」わかっていても止められず……
「え、本当ですか!!」
プロデューサーの話を進めたいと伝えたら、隼人は電話の向こうでほとんど叫びながら喜んでくれた。
「自分から誘った話だけど、進藤さんが受けてくれるかどうか正直、自信がなくて。確率20%くらいかな……なんて思っていたから」
普段より早口で喋る彼から興奮が伝わる。予想以上の反応に早希まで嬉しくなり、心に甘酸っぱい感情が広がった。
「そんなふうに言ってもらえたら、覚悟を決めた甲斐があるわ」
思えばここ最近、ずっと試練の雨に打たれている気分だった。40歳を目前にしてキャリアの転機を迫られ、昼も夜も悩み続ける日々だった。
けれどもこの瞬間、流れ込む隼人の低音ボイスがすべてを癒していく。
――ああ。なんだか、すごく落ち着く……。
不思議な感覚だ。いつしか早希は、隼人と話すと安らぎを感じるようになっていた。
思い返してみれば、出会った時から彼は特別だった。
恋心とは無縁で生きていたのに、笑顔を向けられた瞬間、射抜かれたように胸がときめいた。お酒の失敗はアラサーで封印したはずが、たまたまバーで居合わせたら気が緩んで飲み過ぎてしまった。
さらに美穂の夫との修羅場を救ってもらった時には、心の底からホッとして涙まで溢れてしまった。人前で泣いたことなんて、これまで一度もなかったのに。
「いやぁ、進藤さんが来てくれたら編集長も本当に心強いと思いますよ。ファッション誌で17年のキャリアがあって、同年代の女性のインサイトに精通しているし。おかげで、僕の株も上がります」
しかしながら、ようやく素直な気持ちを自覚しかけたとき、隼人がすぐさま早希を現実へ連れ戻した。
「嬉しいなぁ」と屈託なく笑う声が、心をグサリと刺す。
――そうだよね。彼が喜んでるのは、ただ仕事でメリットがあるからで……。私のことがどうって話じゃなくて……。
わかっていたことなのに、心がみるみる萎んでいく。しかし同時に、もう気づかぬフリではやり過ごせない胸の痛みが隼人の存在の大きさを証明していた。
「……ねぇ、北山くん」
早まっちゃダメ。彼は10歳も下で、有能でモテる男だ。好きになんかなったら、本気になったら、自分が傷つくだけ。冷静にならなきゃ。私はもう40歳なんだから……。
頭の中では、かろうじて理性を保った早希が大人の判断を繰り返し述べている。
けれど……どうしても抑えきれない恋心が気づけば唇から溢れていた。
「プロデューサー就任が正式に決まったら一緒にお祝いしない?……二人で」
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